はいくる

「OJOGIWA」 藤崎翔

古今東西、数多く存在する<心中>の形の中で、<ネット心中>の異質さは際立っています。そもそも<心中>とは、引き裂かれそうな恋人同士があの世で結ばれることを願ってとか、家族が生活苦から逃れるためとか、そこに何らかの個人的な感情が絡むもの。一方、ネット心中の場合、縁もゆかりもない人間達が「一人で死ぬのは嫌だから」という動機で集まり、一緒に死ぬもの。当然、お互いに対する深い愛憎はありません。インターネットが発達し、何の接点もない人間同士が簡単にコミュニケーションを取れるようになったからこそ現れた心中方法です。

世相を反映しているとも言えるネット心中ですが、それが登場する小説となると、私はあまり読んだことがありませんでした。ぱっと思いつくのは、樋口明雄さんの『ミッドナイト・ラン!』くらいでしょうか。なので、この小説を見つけた時は「おおっ」と思いました。藤崎翔さん『OJOGIWA』です。

 

こんな人におすすめ

スピーディなエンタメ・サスペンス小説が読みたい人

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それぞれの理由から死を決意し、自殺サイトを経て集まった男女四人。ところが決行直前、彼らは不審な男達の銃殺事件を目撃してしまう。さらに、現場に残されていた大金を見た彼らは、自殺を中断、金を山分けして元の生活に戻ることに。あの男達が金を取り返しに来るのではないか。不安を抱きつつ暮らす四人だが、真実は彼らの予想を遥かに超えたところにあった---――ラスト三ページ、誰も経験したことのない衝撃が読者を襲う。ノンストップ・サスペンスの傑作

 

正直な話、読む時期をかなり選ぶタイプの作品だと思います。この記事を書いている今、世界はコロナ禍で大混乱している真っ最中。こんな時だからこそ、本作のようにテンポ良くさくさく読破できる小説を読んでスッキリしたいという読者もいるでしょう。反面、何かと暗いニュースが続くこのご時世、あまりに不謹慎すぎて笑えない、後味悪いにも程があるという読者も一定数いそうです。ジャンル分けするならイヤミスということになるのでしょうが、そのイヤさがやけに現実的というか、本当にありそうというか・・・本と現実は別、フィクションはあくまでフィクションと割り切れる精神状態の時に読むことをお勧めします。

 

「オーバー」・・・友人の連帯保証人となり多額の債務を背負わされたことで自殺を決めた<オーバー>。山分けした大金で借金を整理し、心機一転、新しい生活を開始する。そんな中、かかってきた不審な電話。なんと一人息子の岳広が誘拐されたという。犯人の指示通り、要求額を用意して受け渡し場所に走るが、途中、警察に職務質問されてしまい・・・

集団自殺の中断及び大金の奪取に一番積極的だった<オーバー>のエピソードです。プロローグでは「この行動力、彼女って一体何者?」と思わせた<オーバー>ですが、蓋を開けてみればただの中年女性。そんな彼女が一人息子の誘拐事件に巻き込まれ、どん底に急降下していく様子がスリリングでした。あと、これは全エピソードに共通して言えることですが、ものすごく些細な描写がラストの伏線になっています。唐突に出てきた背景・台詞・人物などはしっかり覚えておいてください。

 

「粗大ゴミ」・・・横領、クビ、離婚のトリプルパンチで<粗大ゴミ>の人生はお先真っ暗。山分けした金を使い切ってから再度死のうと決めるも、ふとしたきっかけで就職先が決まり、再スタートが切れることに。気の合う仲間もでき、生活に張りを感じ始めてきた頃、仕事関係者と釣りに出かけることになる。だが、現地で合流してきたのは、<粗大ゴミ>にとって見覚えのある人物で・・・

集団自殺を試みたメンバーの中で、この<粗大ゴミ>が一番身勝手な気がします。他の面々は、友達のために連帯保証人になったとか、独善的な家族に虐げられ続けてきたとか、それなりに同情すべき背景があるのですが、<粗大ゴミ>はキャバ嬢に貢ぐために横領を行い、仕事と家庭を失ったわけですから。新しい仕事にかつては得られなかった生き甲斐を感じ、過去の罪を悔やみ、せめてこれからは社会の役に立とうと決める<粗大ゴミ>ですが・・・藤崎翔さんがそんなあっさり登場人物を幸せにしてくれるはずありません。最後の最後で家族を守ろうとするのは立派だけど、やっぱり自業自得だよなぁ。

 

「化け猫」・・・孤独な人生の中、たった一人の親友・凜香の生活をも滅茶苦茶にしてしまい、自殺を決めた<化け猫>。大金を得たことで凜香に償うこともでき、ひとまず心の安定を取り戻す。仲直りした凜香とハワイ旅行に出かけ、そこで若き社長・望月と知り合う。帰国後、望月は<化け猫>に「二人で会いたい」と連絡をよこしてきて・・・

クライマックス、死の危機に直面した主人公達は、それぞれ恥も外聞もなく本音をぶちまけ、わめき散らします。そんな中でも<化け猫>の騒ぎっぷりは圧巻の一言。プライドをかなぐり捨てて絶叫する様子はさながら阿修羅。年齢的にも立場的にも最弱であるはずの<化け猫>の狂態が一番凄まじいという辺り、妙にリアリティあります。まあ、この状況じゃ無理もないけどね。

 

「失敗作」・・・<失敗作>の自殺の動機は、学歴至上主義の一族の中、長年に渡って出来損ない扱いされ続けてきたこと。裕福な家庭出身のため、経済的には安定しており、山分けした大金も少しも嬉しくない。とはいえ、すぐに自殺を再決行する気にもなれず、気まぐれでバイトを始めることにする。そこで知り合った若い女性にほのかな恋心を抱く<失敗作>だが・・・

いわゆる毒親の下、生まれた時から否定され続けてきた<失敗作>の人生は確かに哀れです。バイトでもきちんと働いていたし、たぶん、もともと真面目で実直な人柄なんでしょう。そんな彼がまさかあんな事態に巻き込まれるとは・・・これが青春小説なら、もっと違う結末があっただろうにね。あと、エピソード中、藤崎翔さんの著作である『おしい刑事』に触れた箇所があるのにウケました。

 

「失敗作」の章で一応ネタばらしがありますが、その後のエピローグでさらなるどんでん返しがあります。繰り返しますがここは本当にブラックなので、小説の内容に引きずられそうな気分の時はご注意ください。私はお年玉付き年賀はがきで数年ぶりに切手シートが当たった直後に読んだため、ブラックユーモアだと気持ち良く割り切ることができました(笑)

 

昨今の情勢を見るとフィクションとは言い切れない・・・度★★★★☆

表紙のイラストがシュールすぎる★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    「私情対談」「あなたに会えて困った」と読んで来ましたが大変な満足感がある作品でした。これも面白そうです。
     元芸人らしい見事なブラックユーモアにコミカルさも加えたストーリーが期待出来そうです。
     集団自殺と言えば「10人の死にたい子供たち」を思い出しますが、これも大変面白そうです。緊迫した状況も伝わりそうで楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      芸人という、センスと機転を求められる世界にいたからか、藤崎翔さんの文章はどれもキレが良くて面白いです。
      「私情対談」は感情的なドロドロ部分が多く、「あなたに会えて困った」は後味スッキリなユーモアミステリーでしたが、本作はそのどちらとも違う、
      皮肉たっぷりのブラックジョークが楽しめますよ。

  2. しんくん より:

    面白かったですね。
    読みながら多分そんなオチだと思っていたら見事に最後に一捻りありました。
    スピード感溢れる展開に鋭い切れ味のある1冊でした。

    1. ライオンまる より:

      同感です。
      最初のネタばらしまでは何となく分かるんですが、その後の真相は予想外でした。
      ただ、昨今の業界事情を見るに、こんなことあり得ない!と言い切れなくて怖いです。

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