はいくる

「護られなかった者たちへ」 中山七里

貧富の差。日常生活の中でも頻繁に耳にする言葉です。この言葉を見聞きする時、どんな映像が思い浮かぶでしょうか。アフリカや中東などの開発途上国?江戸や明治といった昔の時代?それも間違いではありませんが、今この瞬間、平和なはずの日本国内にも貧富の差は存在します。

格差を解消するための制度は色々ありますが、その筆頭は生活保護でしょう。とはいえ、それは決して完璧とは言えない制度であり、様々なトラブルが起きています。先日、そんな生活保護にまつわる哀しい問題を扱った小説を読みました。中山七里さん『護られなかった者たちへ』です。

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震災後の宮城県で、保健福祉事務所課長と県会議員が相次いで死体となって発見される。二人の死因は、身体を拘束された上で餓死させられるという惨いもの。人格者として名高かった二人が、なぜこんな死に方を?震災で妻子を失った刑事は、相棒と共に事件解決のため動き出す。だが、犯人はすでに三人目の標的を見定めていた・・・・・どんでん返しの名手が綴る、社会福祉制度の穴を描いた社会派ミステリー。

 

餓死、困窮する低所得者、不正受給、前科者に対する風当たりの強さ等々、哀しく重苦しい問題の数々に、読みながら胸が苦しくて仕方ありませんでした。舞台が宮城県ということもあり、震災後の復興問題も絡めてあって、さながらノンフィクションを読んでいるかのような臨場感があります。この辺り、常に社会問題に挑み続ける中山さんの面目躍如と言えるでしょう。

 

人格者と評判だったにも関わらず、餓死という惨い方法で殺された保健福祉事務所課長と県会議員。震災で妻子を亡くした刑事・苫篠は、残酷な上に手間暇のかかる殺害方法に意味があるのではと考え、被害者同士の共通点を調べ始めます。と、ここで事件発生から遡ること数日前、刑務所から利根という男が出所してきました。彼はムショ仲間の伝手を使い、ある男の所在を探ります。利根の目的、それは過去に起きた悲惨な出来事を清算することでした。

 

物語のテーマに対し、綿密な取材をすることで有名な中山さんなだけあって、生活保護に関する描写はものすごくリアル。その日の食べ物にも困る申請者、高級外車を所持しながら生活保護を受ける不正受給者、マニュアル通りの対応を繰り返す役所など、あまりに生々しい場面が続きます。暗い雰囲気の小説が苦手な読者なら、もうこの時点で読むのをやめたくなるんじゃないかと思うほどの陰鬱さです。

 

こういったテーマを扱った作品は他にもたくさんありますが、本作の特徴は、困窮者と役人、どちらも善人とも悪人とも描いていない点です。申請者をあからさまに見下す保健福祉事務所職員もいますが、貧困に苦しむ人を一人でも減らそうと駆けずり回る職員もいます。気楽に暮らしたい一心で生活保護を受ける不正受給者がいる一方、「娘を塾に通わせたい」という理由でこっそりとパートをし、結果、不正受給と見做され保護を停止されてしまう母親もいます。また、生活保護担当者から「あなたは保護を受けるべきだから申請しなさい」と勧められているにも関わらず、「恥ずかしい」「世間に迷惑をかける」と固辞する人間までいます。どんな立場の人間にも多面性があり、それぞれの事情がある。生活保護を取り上げた小説は色々読みましたが、ここまで人間を深く掘り下げた作品は少ない気がします。

 

肝心の殺人事件の犯人についてですが、途中から何となく予想がついてしまいました。決してトリックが稚拙だという意味ではなく、「中山さんの作品なら絶対どんでん返しがある。きっと一番怪しくない人が犯人だろうから、この人だな」と思った次第です。たぶん、同じような読者も多いでしょうが、だからといって本作の長所が損なわれるわけではありません。これは決して他人事ではない。もしかしたら明日にでもこんな境遇になってしまうかもしれない。そんな不安、切迫感、やるせなさ・・・・・様々なものをもたらす佳作だと思います。

 

明日は我が身・・・度★★★★☆

あのメッセージがすべての人に届きますように度★★★★★

 

こんな人におすすめ

社会福祉制度をテーマにしたミステリーが読みたい人

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コメント

  1. しんくん より:

    中山七里さんの新作が出ていたのですね。
    どんでん返しやミステリーより社会問題を主体に置いた作品のようでこれも大変興味深いです。
    マスコミやいろんな雑誌にあるように、他の国~発展途上国だけでなく先進国と比べても日本の貧富の差など格差と言えない~そんな言い分は恵まれた人の上から目線だと言いたくなります。
    そんな気持ちが伝わりそうな作品でこれは読みたい作品です。
    早速予約してきます。

    1. ライオンまる より:

      低所得者の困窮する描写が生々しく、気軽には読めない作品です。
      ですが、社会問題に対する中山さんの真摯な気持ちがひしひしと伝わってきました。
      こういう本は、ぜひとも全国の学校の図書室に置いてほしいものです。

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