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「翼ある蛇」 今邑彩

古来より、蛇は様々な文化の中で、<人知を超えた得体の知れない力を持つ存在>として捉えられてきました。手足のない体や、全身をくねらせて移動する動き方、脱皮を繰り返す性質などがそうさせるのでしょうか。旧約聖書の中で、禁断の果実を食べるようイブを唆すのは蛇ですし、ギリシャ神話では生命力の象徴とされ、世界保健機関のシンボルマークにもなっています。

蛇が重要なキーワードとして登場する作品はたくさんありますが、やはり<ミステリアスで不可思議な力の象徴>として描写されることが多い気がします。川上弘美さんの『蛇を踏む』や三浦しをんさんの『白いへび眠る島』などがいい例でしょう。今日は、蛇がとても印象的な使われ方をしている作品を取り上げたいと思います。今邑彩さん『翼ある蛇』です。

 

こんな人におすすめ

・猟奇殺人が出てくるサスペンスが好きな人

・『蛇神シリーズ』のファン

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「蛇神」 今邑彩

実は私、昔はシリーズ作品が苦手でした。今になって考えてみると、<順番通りに読まなくてはならない><前作の内容を把握しないと、次作の意味が分からない>という縛りが嫌だったのだと思います。シリーズ作品で読むとしたら、どの刊から読んでも構わない、いわゆるサザエさん時空で展開するものばかり。我ながら食わず嫌いだったなと思います。

言うまでもなく、縛りがあろうとなんだろうと、面白いシリーズ作品は山ほどあります。有名どころなら、東野圭吾さんの『ガリレオシリーズ』や有栖川有栖さんの『火村英生シリーズ』、当ブログで何度も取り上げた西澤保彦さんの『匠千暁シリーズ』や澤村伊智さんの『比嘉姉妹シリーズ』etcetc。刊が進むごとに登場人物達の状況が変化し、成長を見ることができて楽しいです。今回ご紹介するのは、大好きなシリーズ作品の記念すべき第一作目、今邑彩さん『蛇神』です。

 

こんな人におすすめ

因習が絡む土着ホラーが好きな人

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「黒と茶の幻想」 恩田陸

小説の楽しみ方は、パズルを解くのとは違います。明確な答えがあるわけではないので、同じ物語に対し、いつ何時でも同じ感想を抱くとは限りません。子どもの頃に読んだ本を大人になって再読してみたら、まったく別の解釈が生まれることもあり得ます。

世代によって解釈が分かれる作品として、よく挙がるのがジブリアニメの『火垂るの墓』。子ども目線で見ると、主人公兄妹の叔母は冷酷な酷い人なのですが、大人になって鑑賞すると、「あの大変な時代に、働かない子ども二人が居候していたら、そりゃ冷たい態度にもなるよなぁ」と、叔母の心情が分かってしまうのです。先日再読したこの本も、二十年以上前に初読みした時とはまた違う印象を受け、新鮮な驚きがありました。恩田陸さんの『黒と茶の幻想』です。

 

こんな人におすすめ

長編旅情ミステリーが読みたい人

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「ハートフル・ラブ」 乾くるみ

キャリアを積んできた作家さんは、<知名度の高い代表作>を持っていることがしばしばあります。東野圭吾さんなら『秘密』『ガリレオシリーズ』、宮部みゆきさんなら『火車』『理由』、村上春樹さんなら『ノルウェイの森』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』・・・実写化や文学賞の受賞等の理由で、普段はあまり本を読まないという人達の間でも広く知られています。

ただ、実は私、誰もが知る有名作品に手を出すのは後回しになりがちなんです。例に挙げた作家さんだと、東野圭吾さんの『秘密』や、宮部みゆきさんの『火車』を読んだのは、お二人のファンになってから何年も経ってからのことでした。私の場合、本は買うより図書館で借りる方が圧倒的に多いため、<有名作品=予約人数が多いので後回し><マイナーな作品=すぐ借りられるので先に読む>になるのかなと、自分で推理しています。今日ご紹介する作品も、この作家さんの著作の中ではメジャーな方ではないものの、読んだのはかなり早かったです。もちろん、面白さは保証しますよ。乾くるみさん『ハートフル・ラブ』です。

 

こんな人におすすめ

皮肉の効いたミステリー短編集が読みたい人

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「せせらぎの迷宮」 青井夏海

皆さんは文集を作った経験があるでしょうか。私の場合、小学校と中学校で、最低でも年に一回は文集を作った記憶があります。私は作文を書くことが好きだったのでそれほど苦ではありませんでしたが、苦手な子にとっては苦行でしかなかった様子。そんな生徒達のモチベーションを上げ、文集の体裁を整えられるだけの作文を集め、冊子としてまとめなくてはならないのですから、先生達もさぞ大変だったろうなと思います。

ただ、今になって文集に載った自分の文章を読み直してみると、恥ずかしくて頭を抱えたくなることがままあります。文章が拙いのは仕方ないとして、妙に傲慢だったり、甘えが過ぎたり、世間知らずにも程があったり・・・子どもって怖いものなしだなと、ため息つきたくなることもしばしばです。自分の書いた文章のせいで、自分が恥ずかしい思いをするなら、ある意味、仕方ないかもしれません。でも、それが、他人に影響を及ぼすことだったらどうでしょうか。それはきっと、恥ずかしいでは済まされない、生涯の後悔となることでしょう。今回ご紹介する小説にも、ほろ苦い記憶が封じ込められた文集が登場します。青井夏海さん『せせらぎの迷宮』です。

 

こんな人におすすめ

子どもの悪意にまつわるミステリーが読みたい人

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「死者の学園祭」 赤川次郎

恋愛、ミステリー、ホラー、SF、歴史、コメディ・・・創作物の世界には、たくさんのジャンルがあります。となると、人によって好みのジャンルが分かれるのは自然の摂理。「恋愛小説は大好きだけど、人が死ぬ話は嫌」とか「現代が舞台じゃないと感情移入しにくいから、歴史小説は苦手だな」とか、色々あるでしょう。もちろん悪いことではありませんが、個人的には食わず嫌いをせず、どんなジャンルの作品でも一度くらい試した方が楽しいのでは?と思います。

ただ、苦手だと思っていたジャンルに手を出す場合、いきなり重厚な大長編作品や、解釈が難解な作品を選ぶのはやめた方がいいですよね。どんなジャンルにせよ、ある程度読みやすく、オチが分かりやすく、すんなり物語に入り込める作品をチョイスするのが吉ではないでしょうか。もし「今までミステリーは避けてきたけど、一冊くらい読んでみようかな」という方がいれば、第一作目はこれをお勧めします。赤川次郎さん『死者の学園祭』です。

 

こんな人におすすめ

瑞々しい青春ミステリーが読みたい人

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「なんとかしなくちゃ。青雲編」 恩田陸

とある人物の生涯について書いた本を<一代記>といいます。主人公は実在の人物のこともあれば架空の人物のこともありますが、どちらにせよ社会を大きく動かす出来事に関わったり、歴史上の人物に出会ったりと、波乱万丈な人生を送ることが多いです。最近の作品では、森絵都さんの『みかづき』や柚木麻子さんの『らんたん』などが挙がるでしょう。

しかし、人間、歴史上のビッグイベントに関わる機会がそうそうあるわけではありません。全体的な比率でいえば、波乱万丈とは程遠い、平々凡々な人生を送る人の方がきっと多いはずです。そんな人間の人生を描いた小説はつまらないでしょうか。それがそうとも言い切れないと、この作品が証明してくれました。恩田陸さん『なんとかしなくちゃ。青雲編』です。

 

こんな人におすすめ

問題解決に邁進する女性の一代記が読みたい人

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「変な絵」 雨穴

ミステリーやホラーの分野に登場しがちなアイテムといえば、鏡や鍵。それから、<絵>も結構な頻度でキーアイテムとなっている気がします。一枚の絵で一つの世界が表現できること、小説と違って視覚に訴えかけられることが多用される理由でしょうか。

絵が重要な使われ方をする小説と言えば、ダン・ブラウンによる『ダ・ヴィンチ・コード』が世界的に有名です。原作自体も十分耳目を集める有名作品ですが、トム・ハンクス主演で映画されたことでさらに知名度を上げました。それから国内作品としては、原田マハさんの『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』などを挙げる方も多いでしょう。個人的には、今日取り上げる作品も、上記の名作と肩を並べられるくらい面白いミステリーだと思います。雨穴さん『変な絵』です。

 

こんな人におすすめ

不気味な絵が絡んだミステリーに興味がある人

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「息子のボーイフレンド」 秋吉理香子

LGBT問題は、もはや単語を見聞きしない日はないと言っても過言ではないくらい、社会全体で一般的なテーマとなりました。簡単に説明しておくと、LGBTとはレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの四つの単語の頭文字を組み合わせた表現です。日本におけるパートナーシップ制度のように、彼らの権利を保護する制度・法律もできている一方、悲しいかな、理不尽な差別の対象となることも少なくありません。

ただ、人種差別や性差別といった差別問題と、LGBTに対する差別とでは、一つ、大きな違いがあると思います。それは<本人が隠そうと思えば隠すことも不可能ではない>ということ。実際、LGBTの方々が、様々な事情から自身の性的指向・性自認を隠して生活するケースも多いと聞いたことがあります。自分を偽らず、正直に伸び伸びと生きるのが一番。そう分かってはいても、それを実行するのが難しいのが現実というものなのでしょう。この作品を読んで、本当の自分を受け入れることの意味について考えさせられました。秋吉理香子さん『息子のボーイフレンド』です。

 

こんな人におすすめ

LGBT問題をユーモラスに描いた家族小説が読みたい人

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「終活中毒」 秋吉理香子

コロナ禍が起こったせいもあるでしょうか。周囲で<終活>という言葉を聞く機会が増えました。ただ言葉を聞くだけでなく、実際に終活を始めたという経験談を耳にすることもしばしばです。意外に、まだ寿命のことなど心配する必要がなさそうな世代の人が終活を始めるケースも多いようですね。もっとも、この世のありとあらゆる事象の内、<死>は思い通りにならないものの筆頭格。体力も気力も十分ある内に準備しておく方が合理的なのかもしれません。

人生を終わらせるための準備ということもあり、終活をテーマにした小説は、どうしても重くしんみりした雰囲気になりがちです。もちろん、それはそれでとても面白いのですが、「終活には興味あるけど、今日はさらりと軽く読書したいな」という気分の時もあるでしょう。そんな時は、これ。秋吉理香子さん『終活中毒』です。

 

こんな人におすすめ

終活をテーマにした短編集が読みたい人

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