はいくる

「赤いランタン」 藤水名子

物語には、お国柄というものが出ます。同じ設定でも、作者や舞台によって解釈・描写がまるで違うこともあり、比較するとなかなか面白いです。バーネット(国籍はアメリカだが、思春期までイギリスで育つ)の『小公女』が、リメイクされたアメリカ映画版だと<死んだはずの父親は、実は生還。意地悪な学長は、最後に仕事も立場も失い、煙突掃除人として働く>となるのは、いかにもアメリカらしくて笑ってしまいました。

当然、私が大好きなホラーの分野にも、国よる違いというものがあります。じっとりと陰気なジャパニーズホラーに、派手なアクションが繰り広げられるハリウッドホラー、アーティスティックな描写が多いフレンチホラーに、宗教や民間信仰の要素が絡む東南アジアホラーetcetc。それからお隣りの国・中国のホラーも、なかなかに独特のものがあるんですよ。今回ご紹介するのは、藤水名子さん『赤いランタン』です。

 

こんな人におすすめ

中国を舞台にしたホラー短編集に興味がある人

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新妻がひた隠しにする額の秘密、愛の誓いを破った男の末路、虐げられる娘を救った亡母との約束、男を求めずにはいられない令嬢の正体、老人が語る七夕伝説の恐ろしい結末、雨宿りする二人の道士を待つ運命、男を惹きつけてやまない未亡人のもう一つの顔、故郷に帰ってきた男が彼の地で見たもの・・・・・中国を舞台に繰り広げられる、恐怖と狂気の物語

 

藤水名子さんは、たくさんの実績がある優れた歴史小説家で、本作以外にも中国を舞台にした小説を数多く執筆されています。ただ、どちらかといえば大河ロマンや冒険物が多い印象だったので、ホラー短編集があるのは嬉しい驚きでした。中国の伝承だけでなく、『シンデレラ』のような有名童話を下敷きにした話もあり、バラエティ豊かで飽きさせません。科挙や纏足といった中国文化との絡め方も巧みで、独特の世界観にどっぷり浸ることができました。

 

「秘密」・・・出世が叶い、若く美しい妻も得て、順風満帆な日々を送る官吏・韋固。唯一の気がかりといえば、愛妻・梨蘭が常に額に化粧を施していて、絶対に素顔を見せようとしないことだ。二人きりの時くらい、最愛の妻の素顔を見てみたい。そう望む韋固は、ある夜、思いつきで、運命の男女の足を結ぶ<赤い縄>の話を梨蘭に語るのだが・・・・・

結ばれる運命の男女の小指が赤い糸で繋がっている、というのは、昔からよく聞くエピソード。ところがこの話の場合、赤い糸ではなく<赤い縄>。その固く根強い響きが、人間の強欲さや業深さを表しているようでした。梨蘭のしたたかさや、転んでもただでは起きない感じ、結構好きですね。

 

「恋情」・・・休暇を取り、任地から久しぶりに長安に帰ってきた李益だが、その気持ちは晴れない。長安にはかつて捨てた女・小玉がいて、今なお李益を思って独り身を貫いているからだ。皇族の落とし胤である美しい小玉は長安中の人気者のため、李益は一方的に外道扱いされるばかり。ふて腐れて過ごす李益の前に、「ぜひ詩について語り合いたい」という青年が現れて・・・・

一言で言えば、不実な男が生き地獄に突き落とされる話。なのですが、弄ばれた女も、その身内も、結局不幸というところがやり切れないです。口先だけで誤魔化さず、いっそ正直に謝罪と別れを告げた方がいいというのは、今も昔も不変の恋愛真理なのでしょう。捨てられた女に人気が集まり、不実な軽薄男が人でなし扱いされるという展開は、この手の話としてはちょっと珍しく、相当いい気味でした。

 

「金の履」・・・両親の死後、葉限の毎日は一変した。継母と異母姉によって使用人の立場に落とされ、こき使われるようになったのだ。そんなある日、継母と異母姉は街で美しく装った葉限そっくりの娘を見かける。そんな馬鹿な。ボロを着せ、今も家で家事に追われているはずの葉限が、あれほど着飾って街歩きなどできるはずがない。驚きつつ名前を呼ぶと、その娘は金の履(くつ)を片方脱ぎ落して逃げ去ってしまい・・・・・

モチーフは童話『シンデレラ』でしょう。絵本やアニメ映画等では清らかで心優しいシンデレラですが、この話の葉限は、どんなに虐げられても顔色一つ変えず、常に茫洋とした得体の知れない娘。展開は同じでも、ヒロインのキャラ造形が違うと、こうも作品の印象が変わるのかとびっくりです。ヒロインの探し方が<国中の娘に片っ端から靴を履かせてみる>ではなく<靴がふわふわと飛んで葉限のもとに戻る>と変わっていましたが、私はむしろこちらの方が納得できました。どう考えても、若い娘全員に靴履かせて回るなんて無茶ですものね。

 

「現身」・・・令嬢・麗卿の毎日は面白くないことばかり。侍女曰く、麗卿は病気であり、男との交わりを持たないと体が衰弱してしまうのだ。侍女が都合した男の家を訪ね、激しくも空しい一夜を過ごすだけの日々。ある夜、いつも通り男のもとを訪れるが、なぜか家に入ることができず・・・・・

<美女と夜ごと逢瀬を交わす内、精気を吸い取られていく>という展開は、日本の『牡丹灯籠』をはじめ、怪談では割とよくある話です。この話で面白いのは、標的とされた男ではなく、精気を吸っている女目線で物語が進む点でしょう。視点が変わると、美貌につられてふらふらやって来る男の、なんと浅ましいことか。その分、終盤出てくる法師がものすごく格好良かったです。

 

「天の川のほとりで」・・・幼い小杏の楽しみは、孤独な老人達の傍で過ごすことだ。老いさらばえ、不自由の多くなった老人達の哀れな様子を見るのは、面白くて仕方がない。今、小杏の一番のお気に入りは、怠け癖があって村人に嫌われている黄爺という老人である。この日もやって来た小杏に対し、黄爺は<本当の七夕の話>を教えてやると言い出して・・・

「ぷぷ、年寄りって本当に馬鹿で小汚くてウケるー」というノリの小杏が、良くも悪くもリアルな子どもで、なんとも嫌な気分にさせられました。悲しいかな、こういう子ども、いるんですよね。浅はかな悪ふざけの結果、取り返しのつかない結果になってしまい、自業自得というか哀れというか・・・色々な化け物が出てくる本作ですが、この話の黄爺の描写が一番気色悪かったです。

 

「雨宿り」・・・雨宿りのため立ち入った荒れ寺で、偶然出会った子義と無方。共に道士見習いである彼らは、世間話を交わすうちに段々と頭に血が上り、「術勝負をしよう」という話になる。闇夜の中、相手を打ち負かしてやろうと息を潜める二人の前に、天女のような美女が現れて・・・

ここで出てくる<道士>とは、道教を信仰して活動する者のこと。要するに聖職者なのですが、この話では妖術・忍術のような術を使う能力者として描写されています。エセ道士の戦いが描かれるかと思いきや、謎の美女が登場し、さらに終盤でもう一ひねりある展開がスピーディで面白かったです。ここで登場する女道士・嬌児は中国冒険小説にぴったりの女傑キャラで、超魅力的!藤水名子さんの著作の中にはシリーズ物の歴史小説も多いので、いつか別作品に主人公として出てきてほしいです。

 

「赤いランタン」・・・排日デモで賑わう上海の街で、趙亮は愛玲という美しい未亡人と出会う。「あなたを私一人のものにしたい」。そう囁かれ、愛玲と共に邸宅で暮らし始める趙亮。慇懃な使用人達に囲まれる日々は決して愉快ではないものの、愛玲とのひと時は捨て難い。そんな趙亮に対し、愛玲は「離れは、流行り病にかかった使用人の寮だから、決して近寄るな」と語り・・・・・

元ネタは、中国四大民間伝説の一つである『白蛇伝』。中唐の時代から存在する民話と、共産党結成後の中国という、収録作品の中では一番新しい時代が不思議なくらいマッチングしていました。明らかに怪しい女から、逃げるチャンスはあるにも関わらず愛欲目当てで逃げられない男の愚かさが、巧みに描かれていたと思います。婚礼の日の祝いのランタンの描写はものすごく美しいので、ぜひとも実写で見てみたいです。

 

「帰郷」・・・退屈な田舎、老いた両親、清楚だが面白味のない妻。それらすべてを捨て、都で出世と政略結婚を果たした英進。だが、妻は英進を卑しい成り上がり者と見下しており、どれだけ経っても決して打ち解けない。虚しさに背を押されるように、英進は十年ぶりに帰郷する。確か、両親も妻も流行り病で死んでいるはず。ところが、古びた生家では、死んだはずの妻が待っていて・・・・・

『雨月物語』収録の「浅茅が宿」では<再会した妻は実は死者であり、ふと気づくと妻は消え、あばら屋の中に白骨が落ちていた>という展開が描かれます。「この話もそうなるのかな?」と思いきや、ここでは妻の訃報は実は間違いだったとすぐ判明。そこで終わらず、さらに二転反転する構成がお見事でした。誰が被害者で誰が加害者なのか、人によって色々と意見が分かれそうですね。結論!やっぱり不義理はいけません。

 

前書きで<中国ホラー>と書きながら、日本人作家さんの作品を取り上げました。実は、中国共産党が幽霊を否定しているため、中国ではホラー文化が育ちにくい傾向にあるのです。幽霊の出る映画は基本的に作れないし、小説も色々と難しい様子。<怪異には怪異なりの規律がある>という中国独特の考え方、すごく面白いと思うので、新たな才能にどんどん出てきてほしいのですけどね。すぐ解決する問題ではなさそうだし、幸い、国内には藤水名子さんや田中芳樹さん等、魅力的な中国小説の名手がたくさん存在するので、ひとまずはそちらを楽しもうと思います。

 

女の情念、あな恐ろしや・・・度★★★★★

情景描写がすごく綺麗!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     日本人目線の日本ホラーを加えた中国の歴史小説は興味深いです。
     中国のホラーはキョンシーしか思う浮かばないです。昔のドラマ西遊記には妖怪やホラーがたくさん出ていましたが日本人ならではの発想みたいですね。未読の作家さんですが読んでみたくなりました。昔ほど中国に魅力を感じなくなったのは、中国が大国として猛威を振るってイメージダウンしたから?とすら感じます。

    1. ライオンまる より:

      20年くらい前、中国文化や歴史を扱った小説がハマり、あれこれ読み漁っていました。
      中国ホラーって、あの世にも役所や官吏や法律が存在していて、すごく面白いんですよ。
      もっとも、今、日本で<中国ホラー>として紹介されている作品は、専ら台湾製らしいですが・・・・・
      今回はホラーを取り上げましたが、この藤水名子さんの中国冒険小説も読みごたえあるので、良かったら読まれてみてください。

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