ホラー作品の<怖い>と思いポイントは人それぞれです。恐ろしい化け物が登場するとか、登場人物の誰一人として助からないとか、読者によって恐怖ポイントがあるでしょう。もちろん、私にも色々ありますが、その中の一つは<身近なところから物語が始まる>というものです。<スペースシャトル内で宇宙飛行士達が体験する恐怖>とか言われても状況が想像しにくいですが、私と似たような生活を送っている登場人物なら、場面を思い浮かべるのは容易。「こんなことが本当に起きたらどうしよう・・・」と、恐怖感がより高まります。
身近なシチュエーションから始まるホラー小説と言えば、やはり鈴木光司さんの『リング』は外せないでしょう。呪いのビデオを見てしまった。ただそれだけで死へのカウントダウンが始まる登場人物達の恐怖や焦りが、手に取るように伝わってきました。今回取り上げる小説にも、私達の身近な場所から始まる恐怖が登場します。雨宮町子さんの『死霊の跫』です。
こんな人におすすめ
正統派ジャパニーズホラー短編集が読みたい人
余暇を楽しむ若者達が迎えた残酷な末路、暇潰しの遊びがもたらす大きな代償、謎めいた教師の周囲が起こる惨たらしい悲劇、アルバイト先で見た戦慄の光景、知人から送られて来た奇妙な手紙、幽霊屋敷と呼ばれる家にまつわる秘密・・・・・もしかしたら、彼らは明日の貴方かもしれません。人知を超えた恐怖を描く六つの怪談短編集
前述した<日常の恐怖>ものが好きな読者にとっては堪らない一冊だと思います。気心の知れた仲間と遊びに行くとか、割のいいアルバイトをするとか、ちょっとしたきっかけで恐怖体験をする登場人物達の描写がやたら臨場感あるんですよ。登場人物達の誰にも感情移入させない、静かで乾いた文章が恐ろしさを倍増させてくれます。
「高速落下」・・・同じ学校で働く若手教師らは、プライベートでも親しい友人同士。ある時、先輩の女性教師が急死するが、遊園地に行く予定だった彼らは揃って葬儀を欠席する。その日、遊園地であまりに不気味な光景を目にするのだが・・・
若者同士ワイワイやる賑やかさや、堅い先輩教師を煙たがる様子がリアルでした。彼らのしたことは不義理かもしれないけど、別に先輩をいじめていたわけじゃないし、ちょっと代償が大きすぎるよなぁ。なお、このエピソードは『学校の怪談 呪いスペシャル』というホラードラマ番組で「おぞけ」というタイトルで映像化されています。不定期で放送されていた番組ですが、この回は「おぞけ」の他にもやたらクオリティ高い作品が揃っており、歴代最恐回と評判なんだとか。リアルタイムで視聴してしまった私は、恐怖のあまり貧血起こしそうでした(笑)
「いつでもそばにいる」・・・古ぼけたアパートで暮らす主人公は、同じ建物に住む似たような環境の男女と仲良くなる。ある時、何の気なしに心霊サイトを閲覧した三人は、内容が本物か否かを確かめるという遊びに夢中になる。それはただの暇潰しで終わるはずだったのだが・・・・・
本作は二○○一年に刊行されています。今ほどインターネットが社会に浸透していなかった時代、オカルト系HPを作品に取り入れる眼力はすごいですね。インターネットって、こういう<引き返せなくなる恐怖>の小道具にぴったりだと思います。気まぐれで始めた遊びにどんどんのめり込んでいく登場人物達の様子が恐ろしく、ホラーに限らず、SNS中毒に陥る心理ってこういう感じかもと思わされました。
「Q中学異聞」・・・とある中学校の校庭から掘り起こされた古い日時計。その頃から、校内では不可解な現象が起こり始める。どうやらそこには、一人の教師が関係しているようなのだが・・・・・
本作は純然たるホラー作品であり、探偵役による懇切丁寧な謎解きなど存在しません。必然的に、ラストで「結局これからどうなるのよ!?教えてよ!」と思わせられることが多いのですが、中でもこのエピソードの不可解さや理不尽さはずば抜けていました。恐らく、校庭から出てきた日時計と、その処理を請け負った教師が関係しているんだろうと想像はできるのですが・・・この教師の怒りを買った者達、そしてその家族をも襲う災厄があまりに惨過ぎて、いい意味で心底嫌な気分になりました。
「這いのぼる悪夢」・・・主人公らが引き受けた短期バイト。それは、都内某所にあるコテージに一泊二日で滞在し、雑草の駆除をするというものだった。高額な報酬に浮かれる面々だが、事態は彼らの予想を超えた方向に動き始め・・・・・
じめじめした純和風怪談で占められる本作の中、このエピソードはパニックホラー映画を思わせる演出がなされています。取っても取っても恐ろしい勢いで増殖し、次第に人間の生活圏内を侵し始める雑草の描写が超怖い!ここにカルト教団の存在が絡んでくるのですが、正直、そんな要素が吹っ飛ぶくらい、雑草の存在感が際立っていました。不自然に高い報酬の仕事には裏があるってことなんだろうなぁ・・・
「翳り」・・・確固たる地位を築いた少女漫画家に送られてきた一通の手紙。送り主は、仕事を通じて知り合った男であり、封筒の中にはあまりに意外なものが入っていた。一体なぜ、彼はこんなものを送ってよこしたのか。首を傾げる主人公だが・・・・・
私の大好きな、一人称告白形式によるエピソードです。本作には、ちょっと軽率だったり無分別だったりして恐怖体験をする主人公が多いのですが、この<わたし>に関して言えば何一つ落ち度がありません。ただ手紙を受け取った。それだけでこんな事態に巻き込まれた主人公は気の毒なものの、意外に図太かったことが不幸中の幸いです。
「幽霊屋敷」・・・キャリアウーマンだった叔母が急死した。遺族である甥は、ある時、叔母が住んでいた家が子ども達の間で幽霊屋敷扱いされていることを知る。一体なぜそんな噂が立ったのだろう。不思議に思った甥は、噂について調べ始めるが・・・・・
最終話らしく、王道過ぎるほど王道の怪談話でした。序盤、甥が亡き叔母の家について調べ始めるところはちょっとしたミステリー調なのですが、最後にはちゃんとぞくっとさせられるホラー風のラストが待っています。怖さだけでなく、切なさや哀しみを感じさせる辺り、いかにもジャパニーズホラーですね。これは膨らませて長編作品にしても面白い気がします。
第三話のところでも書きましたが、本作において明確な謎解きはなく、読者ないし登場人物達が恐怖の原因を「たぶんこういう事情なんだろうな」と想像するだけです。方向性としては、三津田信三さんのホラー小説に近いかもしれません。そこを消化不良と取るか否かで作品への評価も変わりそうですが、怪談好きの私には大満足でした。今のところ、雨宮さんのホラー短編集は本作だけなので、今後もどんどんこういうホラー小説を書いていってほしいです。
怪奇現象って理不尽なものだよね度★★★★☆
じわじわ恐怖がこみ上げる・・・度★★★★★
正統派ジャパニーズホラーつまり日本の怪談ですか。
これも面白そうです。暑い中、西洋ホラーより日本ホラーの方が涼しくなりそうです。
最後の「幽霊屋敷」は映画「呪怨」を思い出しそうです。
ホラーはオチや明確な応えが欲しいですが自分で想像させるというところが特に涼しくなりそうです。
じめじめ~っとした王道を行く和風ホラーでした。
モンスターがチェーンソー振り回すようなインパクトはないけれど、その分、背筋がぞわっとする恐怖を味わえます。
映画の「呪怨」や「仄暗い水の底から」が好きな方なら気に入ると思います。