はいくる

「嘘つきたちへ」 小倉千明

「嘘ついたら針千本飲ます」「嘘つきは地獄で閻魔様に舌を抜かれるよ」。誰しも人生で一度や二度、こうしたフレーズを見聞きしたことがあると思います。嘘というのは、事実とは異なる言葉を言って他者を騙すことなわけですから、基本的には良くないものとされがちです。昔からある民話にも、嘘つきがひどい目に遭い、正直者が報われるというパターンは山ほどあります。

とはいえ、すべての嘘が悪いものなのか、断罪されるべきものなのかというと、必ずしもそうとは言い切れません。時には誰かのためを思って嘘をつくことだってあるでしょう。一言で<嘘>といっても、そこには無数の背景や事情が存在するのです。今回は、様々な嘘が出てくる作品を取り上げたいと思います。小倉千秋さんの『嘘つきたちへ』です。

 

こんな人におすすめ

嘘と騙しに満ちたミステリー短編集に興味がある人

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この人たちは、嘘をついています---――生放送中のラジオ番組に送られてきたメールが起こす波紋、人里離れた屋敷に集う男女の正体、女が語る<赤い糸>にまつわる秘密、保健室で語り合う少年たちの推理の行方、再会した幼馴染たちが背負う罪と罰・・・・・この嘘を、あなたは見抜けるか。期待の新人による傑作ミステリー短編集

 

小倉千明さんは、二〇二三年に第一回創元ミステリ短編賞を受賞した作家さん。本作は、記念すべきデビュー作品集です。図書館の新着本案内でなんとなく目につき、「これは絶対好みだ!」と確信して取り寄せました。実際に読んでみても、期待に違わぬ面白さでしたよ。

 

「このラジオは終わらせない」・・・芸人がパーソナリティを務めるラジオ番組に、リスナーから投書メールが送られてくる。実はこのリスナー、番組放送作家の恋人であることが判明。だが、作家はこの投書を不採用にしたはずだという。ではなぜ、採用枠の中に紛れ込んでしまったのか。投書を巡り、関係者達の間に不穏な空気が漂って・・・・・

生放送中のラジオパートと、パーソナリティ・マネージャー・放送作家三人が投書について語るパートが交互に繰り返され、スピード感がすごいです。この勢いに乗り切れるか否かで、話の評価が分かれるかもしれません。ただ、読後感は間違いなく収録作品の中で一番良いです。嘘に秘められた思いが真摯な分、結末が切なくて切なくて・・・できれば最後の願いが叶うといいなぁ。

 

「ミステリ好きな男」・・・悪天候の山中、足止めを食らった五人の男女が、たまたま見つけた屋敷に駆け込んだ。屋敷の女主人は彼らを温かく迎えるも、間もなく衝撃の事実を突きつける。「あなた達は、私の娘が殺された事件に関わっている。全員の飲み物に毒を混ぜたから、いずれ死ぬだろう。解毒剤が欲しければ、犯人は名乗り出なさい。あるいは、各自、自分は絶対に犯人ではないという証明をしなさい」。五人は恐れおののきつつ、それぞれが知っていることを語り始め・・・・・

クローズドサークルの王道をいく話・・・と見せかけて、次から次へと事態が反転していく流れがインパクト抜群でした。この状況で、登場人物に「これってよくあるパターンじゃないですか?」「ミステリの定石ですよ」と言わせるのが、なんとも心ニクイですね。真相が分かってみると、主人公の冒頭の述懐がすっごく意味深!

 

「赤い糸を暴く」・・・新幹線で偶然隣り合わせた女が語る、信じられない話。女は幼い頃から、人の小指に結ばれた赤い糸が見えるという。どうやらこの糸は、生まれた時から結ばれているわけではなく、運命の相手と出会った時初めて繋がって見えるらしい。では、今は異性と縁のない私だが、運命の人と出会えばすぐ分かるはず。そう確信して日々を過ごす女だが・・・・・

ラストを除く大部分が隣客の語りで構成された話です。最初は途切れていても、ある瞬間に誰かと繋がる赤い糸。語り手の女は「運命の相手と出会えば自然と繋がる」「いやいや、自然と繋がるのではなく、互いに信頼を築き合って初めて繋がる」と推測を立てていきますが・・・いい話でまとめた後、地獄の予感まで一気に落とす構成がお見事でした。この話が一番好みです。

 

「保健室のホームズ」・・・内気な少年・湊斗は、ひょんなことから、保健室登校を続ける同級生・朔太郎と親しくなる。朔太郎は湊斗以外の生徒と交流はないものの、実はとても勇敢かつ聡明で、抜群の推理力を持っていた。湊斗は身の回りの些細な謎を朔太郎に話して聞かせるのだが・・・・・

保健室で、養護教諭も交えつつ親しくなっていく二人の姿は本当に瑞々しく、ジュブナイル小説のお手本にしたくなるほどです。湊斗が朔太郎にもたらす謎も、漫画本の貸し借りに関するいざこざや、図書室で大量の読書感想文を書きまくる少年、不可解な体操着紛失など、どれも日常の範囲内のものばかり。なんて微笑ましい!と思わせてからの、ラストのやるせなさが衝撃的です。希望は、少年たちはまだ幼いのでこの先たくさん時間があることと、頼れる養護教諭がいることでしょうか。本当、お願いだから、誰か大人が気づいてやってよ。

 

「嘘つきたちへ」・・・かつて田舎町で共に過ごし、二十数年ぶりに再会した三人の男女。思い出話に花を咲かせる内、仲良しグループのメンバーだった翔貴の話題が出る。積極的で、行動力があって、我儘で、身勝手だった翔貴。そんな翔貴は小学五年生の時に水難事故に遭い、長年の昏睡状態の末、最近亡くなったのだが・・・・・

和気あいあいとした幼馴染との邂逅が、やがて不穏な方向に向かっていく・・・というのが、この手の話のお約束。実はそんなにいい仲間じゃなかった・・・というのも、よくある話。そんなお決まりのパターンを次々覆していく流れにぐいぐい惹きつけられました。田舎の閉鎖的な感じや、子ども社会のヒエラルキーの描き方も巧みで、似たような経験がある人は息苦しくなるかもしれません。ラスト、語り手の部屋の光景を想像すると背筋が寒くなるようです。

 

読み終えてみると、タイトルの『嘘つきたちへ』がハマりすぎていて唸ってしまいました。第一話を除くと後味悪かったり不穏だったりする話ばかりなところも、イヤミス好きとして嬉しいですね。次回作が早くも待ち遠しいです。

 

<嘘>の背景描写が秀逸!度★★★★★

二転三転どころか四転五転・・・度★★★★☆

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