はいくる

「ポーカー・レッスン」 ジェフリー・ディーヴァー

海外の創作物が日本でヒットする要因は何でしょうか。内容が肝心なのは言うまでもありませんが、翻訳の出来も、かなり重要な位置を占めます。学生時代、授業でやった英語一つ取っても、訳する人間が違えばニュアンスが大きく変わるもの。まして、商業的な作品、それも映像で物語を説明できない小説となると、翻訳のレベルが成功の鍵と言っても過言ではありません。

日本における翻訳者といえば、『ハリー・ポッターシリーズ』の松岡佑子さんのエピソードが有名です。日本語の一人称の多さや訛りを利用した訳し方は、老若男女問わず多くの読者を楽しませてくれました。もちろん、日本では他にも優れた翻訳者がたくさん活躍されていますよ。そんな翻訳の妙を堪能できる作品がこれ、ジェフリー・ディーヴァー『ポーカー・レッスン』です。

 

こんな人におすすめ

どんでん返しの短編ミステリーを堪能したい人

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傲慢なエリートを呑み込む転落劇、緻密な窃盗犯が立てた犯罪計画の行方、疎遠になった娘を思う母の運命、動機を語らぬ殺人犯と対峙した刑事の目論見、栄光を手にした弁護士を待つ予想外の罠、美女に恋した男に降りかかる思わぬ災難・・・・・ここまで騙されればもはや快感!罠と驚きに満ちた十六の傑作短編ミステリー

 

『クリスマス・プレゼント』に続き、邦訳された作品としてはジェフリー・ディーヴァー二作目の短編集です。翻訳は、多くのディーヴァー作品を担当されてきた池田真紀子さん。原語の面白さを活かしつつ、日本語でもイメージしやすい名訳のおかげで、切れ味鋭い反転劇をとことん楽しむことができました。全部で十六作ある作品のうち、お気に入りのものをご紹介しますね。

 

「通勤列車」・・・主人公は広告代理店で働くエリートサラリーマン。妻がいながら愛人との情事を楽しみ、他社に情報提供したって罪悪感はゼロ。そんなある日、ほんの小さな出来事をきっかけに運命が暗転し始め・・・・・

主人公が偉そうで嫌な奴なので、どこかで痛い目に遭ってほしいと思いましたが、まさかここまで転落するとは!自業自得と言えばその通りですが、よくよく考えてみると根本的な問題は何一つ解決していないんですよね。とりあえず教訓としては、皆さん、公衆道徳は守りましょう。

 

「ウェストファーレンの指輪」・・・アンティーク店を営みつつ泥棒としての顔も持つ主人公は、とある資産家の指輪を手に入れた。警察にマークされ、事態は一刻の猶予もない。主人公は早速計画を実行に移し・・・

本筋である、主人公VS警察の頭脳戦も面白いんですが、一番インパクトあるのは最後の最後。まさかの人物の登場に、ミステリーファンなら度肝を抜かれること必至です。あのキャラクターの大ファンは、こういう扱いをされると複雑な気持ちなのかしら?でも、私はこういう遊び心が大好きです。

 

「生まれついての悪人」・・・老いた女は一人、間もなく帰省する愛娘を思う。昔から親を嫌い、家業を嫌い、家を飛び出したきり顔を見せなかった娘。おまけにあんな物まで持っているなんて。もはや娘は理解できない存在になってしまったのか。煩悶する女のもとに、ついに娘が帰ってきて・・・・・

どんでん返しのお手本として教科書に載せたくなる話です。真相を知って読み直すと、一ページ目から白と黒が見事に反転しているんですよ。まさにディーヴァーの創作力&池田真紀子さんの翻訳力の本領発揮!こんな二人なら、そりゃ理解し合えなくて当然だわな・・・

 

「動機」・・・凶悪事件を起こし、犯行を認めたにも関わらず動機だけは頑なに隠す殺人犯。そんな犯人のもとを、一人の刑事が訪れる。どうにかこいつに動機を喋らせることができないか。あれこれ策を巡らす刑事に根負けしたのか、ついに犯人は事件について語り始め・・・

自らの傲りに足元を掬われる、という意味では「通勤列車」の主人公と同じパターン。とはいえ、このエピソードの主人公は「通勤列車」ほど嫌な奴ではないので、ラストの悲劇がかなり気の毒ではあります。ところで、海外の刑務所って囚人が普通に外部と電話できるのでしょうか?賄賂送ればOKとか?

 

「一事不再理」・・・功名心が強い弁護士は、卑劣な手を駆使し、殺人の容疑者を無罪とする。一度無罪が確定した以上、被告人はもう二度と同じ罪では裁かれない。仕事を終えて安堵したのも束の間、<一事不再理>の原則を知った元容疑者は、自身の罪について得意げに吹聴し始め・・・

凶悪な上に軽率な犯罪者のせいで弁護士まで失墜する話・・・かと思いきや、ラストでのもうひと捻りにびっくり!なるほど、こういう戦略もアリなわけね。けっこう悲しい話なはずですが、弁護士も容疑者も善人とは言い難い性格なせいで、妙な痛快ささえ感じました。

 

「のぞき」・・・面白味のない人生を送って来た主人公は、ある日、近所に住む美女に一目惚れする。どうやら彼女はストーカーに付け回されているらしい。ならば、ストーカーを捕まえれば、彼女は自分に好意を抱いてくれるのではないか。主人公は早速行動を起こすが・・・・・

真相を知り、ありゃりゃ、と苦笑いしてしまいました。この短編集の性質上、主人公の恋がすんなり上手くいくわけないと思いましたが、まさかこういうオチだったとは。でも、主人公だって清廉潔白というわけじゃないし、そもそも地獄に堕ちたわけじゃないし、読後感は悪くありません。最後でゾッとさせられるエピソードが多い中、この軽い感じが逆にインパクトありました。

 

「遊びに行くには最高の街」・・・都会に蠢く悪意の数々と、その悪を利用して肥え太る汚職刑事。クズどもを利用して何が悪い。最後に笑うのはいつも俺・・・そのはずだった。正義を失った刑事を待つ、あまりに周到な罠とは・・・・・

収録作品の中ではボリューム多めの部類ですし、視点となる登場人物もどんどん変わるので、少し読みにくく感じます。これはイマイチかな・・・と思いきや、この読みにくさがラストのどんでん返しを活かす鍵でした。この刑事、めちゃくちゃ悪い奴なので、最後に地獄を見る展開はまさに天罰覿面。最終話にふさわしい後味の良さです。

 

筆者によるあとがき曰く、彼は<読者が無傷でジェットコースターから降りられるような作風>をポリシーにしているんだとか。確かに、ディーヴァーの作品って、どんなにゾッとさせられる話でも不思議と引きずらないんですよね。邦訳されていない短編集もあるので、ぜひとも今後国内で出版してほしいです。できれば訳は引き続き池田真紀子さんがいいな。

 

騙されても見抜けても面白い!度★★★★★

あとがきも必見です度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    海外ミステリーですね。初めて聞く作家さんです。
    小説には翻訳家をテーマにしたストーリーもありますが、職業が翻訳家というだけでそれほど翻訳の内情に深く踏み込んだお仕事小説は無かった気がします。
    どれも面白そうです。海外の作品のようで日本と同じような生活感があり抵抗なく読めそうです。ホーンテッド・キャンパスの最新刊が届きました。楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      デンゼル・ワシントン主演「ボーン・コレクター」というサスペンス映画がありまして、その原作者である作家さんです。
      原作が良いのはもちろん、日本語のチョイスが絶妙で、心ゆくまでどんでん返しを楽しめました。

      「ホーンテッド・キャンパス」最新刊、羨ましい!
      ただ、新刊が出るのは嬉しいのですが、シリーズ終幕が近づいてきそうな気がしてちょっと寂しいです。

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