はいくる

「そして、バトンは渡された」 瀬尾まいこ

「世界平和のためには、家に帰って家族を大切にしてあげてください」と言ったのはマザー・テレサ、「人生最大の幸福は家族の和楽」と言ったのは細菌学者の野口英世、「楽しい笑いは家の中の太陽である」と言ったのはイギリスの作家サッカレーです。どれもまったくその通りで、どんな家族の中で育ったかは、その後の人生を大きく左右すると言っても過言ではありません。愛に満ちた家族ならばこれほど幸せなことはないですし、殺伐として冷え切った家族なら人生はさぞ辛く寂しいものでしょう。

家族をテーマにした小説はたくさんありすぎて挙げるのに迷うほどですが、ユーモア小説なら奥田英朗さんの『家日和』や伊坂幸太郎さんの『オー!ファーザー』、虐待が絡むものは下田治美さんの『愛を乞うひと』や青木和雄さんの『ハッピーバースデー~命かがやく瞬間~』、ミステリー要素を求めるなら辻村深月さんの『朝が来る』などが有名です。どの作品にも読み手の胸に残る家族が登場しますが、最近読んだ小説に出てくる家族はとても魅力的でした。瀬尾まいこさん『そして、バトンは渡された』です。

 

こんな人におすすめ

家族にまつわる温かな小説が読みたい人

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私は全然不幸ではない---――十七年の間に家族の形が七回も変わった主人公・優子。早くに亡くなった実母、ブラジルに旅立った実父、その後優子を引き取った継母・梨花、梨花の二度の再婚でできた二人の父親。立場も性格も違う彼らの共通点は、誰もが優子を愛し、優子から愛されているということ。くすりと笑えてちょっぴり泣ける、愛と優しさに満ちた家族物語。

 

『天国はまだ遠く』では自殺志願者、『温室デイズ』では中学校の荒廃、『僕の明日を照らして』ではDV等、深刻な問題がどこか温かく優しく描かれるのが瀬尾ワールドの特徴です。そんな瀬尾さんが本作で取り上げるのは、死別や離婚・再婚によって親が次々と変わる一つの家族。このテーマでこれほど愛と笑いに満ちた物語を書けるとは、さすが瀬尾さん、外れなし!と唸ってしまいました。

 

主人公である高校生・優子には五人の親がいます。生みの母は早くに死に、父親は再婚。数年後、父の海外赴任を機に離婚が成立しますが、友達と別れたくない優子は継母である梨花と暮らすことを選びます。その後、梨花は経済力のある泉ヶ原、東大卒の森宮と再婚・離婚を繰り返し、優子はそのたびに新しい父親と出会うことになります。周りから見れば複雑極まりない家庭ですが、優子はちっとも不幸ではありません。なぜなら、どの親達も優子に心からの愛情を注いでくれているからです。

 

この親達のキャラクターと、各々の優子とのやり取りが最高に素敵なんですよ。生みの母は物語開始の段階で死んでいるので出て来ませんが、異国の地でも優子のことを想い続ける実父の水戸さんも、抜群の行動力を持つ梨花さんも、包容力溢れる泉ヶ原さんも、エリートなのにどこか抜けた面のある森宮さんも、全員がそれぞれの形で優子を愛し、優子も彼らからの愛情を疑っていません。血より縁。その言葉がこれほど似合う家族もそうそうないのではないでしょうか。

 

親達の真っ直ぐな愛情により、優子がぶれない心を育んでいる描写も良かったなぁ。それが最も表れているのは第一章。些細な行き違いでクラスの女子たちから敬遠されるようになった優子ですが、寂しいとは思っても、大して困らずけろりとしています。それどころか、リーダー格の女子から家庭環境について聞こえよがしに侮辱されても、まったく動じません。クラスメイト達の前で自分の<親遍歴>について堂々と話し、「たいした話じゃないんだよ。私は何も困ってないし」と言ってのけ、侮辱した女生徒達を面食らわせたりします。「いじめに負けない!戦う!」というようなアグレッシブさではなく、あるがままを受け入れる柔軟さ。次々と現れる親達がこういう優子を作ったのだと思うと、なんだか嬉しくなりますね。

 

もう一つ、瀬尾作品を語る上で忘れちゃいけないのが、ページを彩る美味しそうな料理の数々です。ふわふわのオムレツ、ご飯にだしがしみ込んだカツ丼、色々なジュースで作ったゼリー、たっぷりのにんにくとにら入りの餃子、細かく刻んだキャベツが入ったハンバーグ・・・・・一つ一つの料理に作り手と食べる人間の気持ちが込められていて、読んでいるだけで心が満腹になりそうでした。クラスでハブられる優子に、「がっつり食べたら優子ちゃんは最強になる」と連日のように餃子を作り続ける森宮さん・・・最高です!

 

ずっと優子視点で進む物語が、最後の最後でとある人物の視点に変わる構成も良かったです。これまで、どんな問題が起こってもどこかユーモラスな描き方をされてきた分、ラストシーンはじんわりと泣けて泣けて・・・登場人物全員の今後に幸あれと祈らずにはいられませんでした。読めば幸せな気分になること請け合いです。

 

これからもバトンは渡り続ける度★★★★★

登場人物みんな名言製造機!度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    血の繋がりを超えた絆を感じた作品でした。
    優子が結婚相手を紹介した時の森宮さんの態度が父親らしさが格好良かったです。
    ただの良い父親だけでなく芯の強さを見た気がします。
    優子が高校生の時、悩みをなかなか打ち明けない優子に「簡単に教師に心を開くわけないか」と言った教師の一言が印象的でした。
    流石に教師の経験ならではと思いました。
    湊かなえさんも家庭科の教師だったし辻村深月さんの教育学部出身だと思いだしました。

    1. ライオンまる より:

      ちょっととぼけた父親・・・と思いきや、言うべきことは言う森宮さんは素敵でした。
      あと、ちゃんと生徒達を見ている先生も素晴らしかったですね。
      ああいうキャラクター像を描けるのは、やはり瀬尾さんの背景ならではでしょうか。

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