はいくる

「鶏小説集」 坂木司

子どもの頃は結構な偏食だった私が積極的に食べた数少ない食材、それが鶏肉です。誕生日のご馳走は鶏のから揚げ、コンビニで買うのはチキンサンド、鍋ならすき焼きよりしゃぶしゃぶより水炊きが好き。偏食が治った今も鶏肉好きは変わらず、神戸牛が売りの焼肉屋に行った時さえ、まず鶏肉を注文したほどです(笑)

ものすごく個人的な意見ですが、鶏肉は肉の中で一番、変化がつけやすいような気がします。部位や調理法によってあっさり味にもなればこってり味にもなる。これって、なんだか人間関係にも似ているような・・・そんな風に思うのは、この作品を読んだせいでしょうか。坂木司さん『鶏小説集』です。

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塾仲間の少年達が抱えるもやもやの正体、どうにも気が合わない父子の葛藤、クリスマスにシフトを入れたコンビニ店員たちが直面する大騒動、一緒に花火大会を取材することになった少年少女、残酷な作風を批判された漫画家が振り返る夏の思い出・・・・・柔らかいようで歯ごたえがあり、癖がないのに奥が深い。鶏肉を通して描かれる、五つの美味しい人間模様。

 

『肉小説集』に続き、「肉」をテーマにした短編集です。第一弾は豚肉でしたが、本作で中心となるのは鶏肉。これがまたどれもこれも美味しそうで、満腹時に読んでもお腹が空きそうです。読む場所と時間に気を付けないと、空腹で悲鳴を上げる羽目になってしまうかもしれませんね。

 

「トリとチキン」・・・同じ塾に通う高校生のハルとレン。なんとなくつるんでいる二人だが、それぞれ自分の家庭に不満を持っている。ある時、思いつきで互いの家庭を交換してみることにするのだが・・・・・

自分の身内が何となく嫌、友達の家が羨ましいという思春期独特の気持ちが上手く書き表されていたと思います。こういう心理って一歩間違えると「恩知らず」「生意気」と取られるんですが、そういう雰囲気が全然ないのは、坂木さんの瑞々しい文章のせいでしょうか。ハルとレン、決して「親友」というわけではない二人の距離感が素敵です。

 

「地鶏のひよこ」・・・自分の息子と気が合わない、一緒にいて楽しくないという気持ちを抱える主人公。ふと出くわした知人男性に、酔いに任せてそんな本音を吐露してしまう。知人は「同じです」と語り始め・・・・・

収録作品中、この話が一番好きでした。喧嘩したわけでもなく、適度にコミュニケーションも取れているのに、どうしても気が合わない父と息子。「親子にも相性がある」と認めつつ、親の覚悟や責任はしっかり持っている主人公が好感度大です。「安心して親を捨てろ」と清々しく受け入れている辺り、昨今話題の毒親とは違いますね。

 

「丸ごとコンビニエント」・・・何事も広く浅くで済ませる大学生、余計な一言が多い中年フリーター、善人ながら容姿から「貧乏神」とあだ名される店長。クリスマスにバイトのシフトを入れた三人が直面する、予想外の大事件とは。

いやー、笑わせてもらいました!てっきり「繁忙期のてんやわんやを乗り越え、少し理解を深める店員たち」みたいな話を予想していましたが、まさかあんな闖入者が・・・実際はゾッとする話なんでしょうが、三人の奮戦ぶり(特に店長!)のおかげですっきり笑えるエピソードに仕上がっています。ローストチキン、食べたいなぁ。

 

「羽のある肉」・・・その気もないのに新聞委員に任命された上、女子と一緒に花火大会の取材をする羽目になった男子中学生。相棒の少女が結構話せるタイプだったことに安堵しつつ、二人で取材の打ち合わせを行うが・・・・・

前作のどたばた劇から一転し、これは甘酸っぱい恋物語です。少しずつ打ち解け、互いに何となく好感を持っていく過程が、なんともほのぼのしていて胸キュンですね。中学生くらいの恋愛って、こういうスタートを切ることが多いんじゃないでしょうか。主人公の「夕飯に肉を食いたい」と言いつつ、ちょっと食べにくい手羽先料理が出るとがっかりする描写も、いかにも男子中学生っぽい気がします。

 

「とべ エンド」・・・連載中の『皆殺しレクイエム』の残酷展開について批判を受けた漫画家・戸部は、ふいに、過去のある出来事を思い出す。高校卒業後の夏休み、いじめっ子のバキ君が急に押しかけてくるのだが・・・・・

収録作品中唯一、ちょっぴりですがブラックな味わいを感じた話です。上手く人付き合いができず、他人の嘘を感じると吐き気を催すという主人公。そんな彼と、いじめっ子ながら唯一嘘のなかったバキ君とのやり取りには考えさせられました。あと、出番はさほど多くないものの、誠実でプロ意識の高い編集長が素敵です。

 

各話の登場人物が少しずつ重なっていて、「あ、この人はあの話の・・・」と思いながら読むのが楽しかったです。第一弾が豚肉、第二弾の本作が鶏肉なので、次回作は牛肉がテーマでしょうか。お腹を空かせて待っていようと思います。

 

トリトリトリトリトリ尽くし度★★★★★

噛めば噛むほど味が出る度★★★★☆

 

こんな人におすすめ

食べ物をテーマにした小説が読みたい人

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コメント

  1. しんくん より:

    基本的に肉類は好きですが子供の頃から好きだったのが鶏肉でした。
    鶏肉をテーマにした学生のストーリーでどれも面白そうです。
    「トリとチキン」「地鶏のひよこ」が読んでみたいです。

    1. ライオンまる より:

      私も鶏肉大好き人間なので、共感する部分が大きかったです。
      しんくんさんはお子さんもいることですし、「地鶏のひよこ」に思うところがあるかもしれませんね。
      この主人公のキャラがけっこう好きです。

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