ミステリー

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「贖罪」 湊かなえ

「あなたは罪を償わなければなりません」「自分の罪と向き合い、償おうと思います」・・・ミステリーやサスペンス作品で、しばしば登場するフレーズです。罪を犯したなら、必ず償いをしなければならない。これを否定できる人間はどこにもいないでしょう。

では、この<罪を償う>とは一体何でしょうか。刑務所で服役すること?被害者もしくはその遺族に賠償金を払うこと?かつてハンムラビ法典が定めていたように、与えた被害同様の傷をその身に受けること?この答えは人によって千差万別であり、明確な答えを決めることは難しそうです。今回ご紹介する作品にも、罪の償いとは何なのか、煩悶する登場人物達が出てきます。湊かなえさん『贖罪』です。

 

こんな人におすすめ

独白形式で進むサスペンスが読みたい人

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「世界が赫に染まる日に」 櫛木理宇

この世には、是非が簡単に決められないものがたくさんあります。<復讐>もその一つ。聖書に<復讐するは我にあり>と書いてあるように、個人が勝手に復讐することは許されないという考え方は、社会に根強く浸透しています。現実問題、一人一人が自由気ままに憎い相手に復讐していけば秩序は崩壊してしまうわけですから、それもやむをえないと言えるでしょう。

その一方で、「加害者に相応の罰を与えるのは、被害者の権利ではないのか?」という考え方も、間違っているとは言い切れません。実際、過去には<目には目を>で有名なハンムラビ法典や、江戸時代の仇討ち等、一定のルールの下で復讐を許した例も存在します。果たして復讐は許されるのか否か。この作品を読んで、改めて考えさせられました。櫛木理宇さん『世界が赫に染まる日に』です。

 

こんな人におすすめ

少年犯罪にまつわるサスペンスが読みたい人

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「麦酒の家の冒険」 西澤保彦

「さあ、今日は一杯やるぞ!」となった時、まずどんなお酒に手を出すでしょうか。缶チューハイ、カクテル、ワイン、日本酒・・・それこそ無限に出てきそうですが、割合で言うなら、「まずビールで」となる人が多い気がします。家にしろ飲食店にしろ準備するのに時間がかからず、アルコール度数もさほどではないビールは、多くの人に好まれています。

国内外問わずポピュラーなお酒なだけあって、ビールがキーアイテムとして登場する小説はたくさんあります。竹内真さんの『ビールボーイズ』や吉村喜彦さんの『ビア・ボーイ』などは、お酒好きな人が読めばつい一杯やりたくなってしまうかもしれません。そう言えば、「村上春樹さんの小説を読むと、ビールが飲みたくなる」という声もあるのだとか。こんな言葉が出ることからしても、ビールというお酒がどれだけ世間に浸透しているかが分かります。今回ご紹介する作品にも、ビールが重要な小道具として登場しますよ。西澤保彦さん『麦酒の家の冒険』です。

 

こんな人におすすめ

・多重解決ミステリーが読みたい人

・ビールがたくさん出てくる小説に興味がある人

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「方舟」 夕木春央

ミステリーやホラーのジャンルが好きで、<クローズド・サークル>を知らない方は、恐らくいないでしょう。単語を聞いたことがなくても、「外界と往来不可能な状況で事件が起こる様子を描いた作品のことだよ」と説明されれば、きっとピンとくると思います。嵐の孤島や吹雪の山荘、難破中の船・・・脱出困難な状況で怪事件が起き、「誰が犯人なのか」「次は自分が殺されるのか」と疑心暗鬼に駆られる登場人物達の姿は、多くのミステリーファンをハラハラドキドキさせてくれます。

ただ、現実的な目線で見てみると、クローズド・サークル作品には「なんでわざわざこんな状況で事件を起こすの?」という疑問がついて回ります。なるほど、確かに脱出困難な状況ならば、標的を逃さず仕留めることができます。その標的のことが憎い場合、より恐怖と不安を与えられるというメリットもあるでしょう。反面、外部と行き来できない分、犯人自身も逃亡できなかったり、犯行を見破られるリスクも高まったりします。よって、クローズド・サークル作品を面白くするためには、この辺りをどう上手く料理するかが重要な鍵となるわけです。でも、こんな形でクローズド・サークルを作った作家さんは、この方が最初ではないでしょうか。今回ご紹介するのは、夕木春央さん『方舟』です。

 

こんな人におすすめ

・クローズド・サークル系のミステリー小説が好きな人

・絶望感溢れるどんでん返しが読みたい人

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「せせらぎの迷宮」 青井夏海

皆さんは文集を作った経験があるでしょうか。私の場合、小学校と中学校で、最低でも年に一回は文集を作った記憶があります。私は作文を書くことが好きだったのでそれほど苦ではありませんでしたが、苦手な子にとっては苦行でしかなかった様子。そんな生徒達のモチベーションを上げ、文集の体裁を整えられるだけの作文を集め、冊子としてまとめなくてはならないのですから、先生達もさぞ大変だったろうなと思います。

ただ、今になって文集に載った自分の文章を読み直してみると、恥ずかしくて頭を抱えたくなることがままあります。文章が拙いのは仕方ないとして、妙に傲慢だったり、甘えが過ぎたり、世間知らずにも程があったり・・・子どもって怖いものなしだなと、ため息つきたくなることもしばしばです。自分の書いた文章のせいで、自分が恥ずかしい思いをするなら、ある意味、仕方ないかもしれません。でも、それが、他人に影響を及ぼすことだったらどうでしょうか。それはきっと、恥ずかしいでは済まされない、生涯の後悔となることでしょう。今回ご紹介する小説にも、ほろ苦い記憶が封じ込められた文集が登場します。青井夏海さん『せせらぎの迷宮』です。

 

こんな人におすすめ

子どもの悪意にまつわるミステリーが読みたい人

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「死者の学園祭」 赤川次郎

恋愛、ミステリー、ホラー、SF、歴史、コメディ・・・創作物の世界には、たくさんのジャンルがあります。となると、人によって好みのジャンルが分かれるのは自然の摂理。「恋愛小説は大好きだけど、人が死ぬ話は嫌」とか「現代が舞台じゃないと感情移入しにくいから、歴史小説は苦手だな」とか、色々あるでしょう。もちろん悪いことではありませんが、個人的には食わず嫌いをせず、どんなジャンルの作品でも一度くらい試した方が楽しいのでは?と思います。

ただ、苦手だと思っていたジャンルに手を出す場合、いきなり重厚な大長編作品や、解釈が難解な作品を選ぶのはやめた方がいいですよね。どんなジャンルにせよ、ある程度読みやすく、オチが分かりやすく、すんなり物語に入り込める作品をチョイスするのが吉ではないでしょうか。もし「今までミステリーは避けてきたけど、一冊くらい読んでみようかな」という方がいれば、第一作目はこれをお勧めします。赤川次郎さん『死者の学園祭』です。

 

こんな人におすすめ

瑞々しい青春ミステリーが読みたい人

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「千年図書館」 北山猛邦

創作物の中には<チラ見厳禁>というタイプの作品が存在します。何気なくチラッと見た一場面、一ページが強烈なネタバレになってしまい、クライマックスの面白さが半減する・・・やはり、どうせなら順序通り物語を追い、登場人物達と共にラストの余韻を堪能したいものです。

この手の作品の筆頭格と言えば、映画『猿の惑星』ではないでしょうか。猿達が支配する世界で、チャールトン・ヘストン演じる主人公が最後に見たものの正体。あの衝撃、あの絶望感は、いきなりラストシーンだけをチラ見しては半減してしまうと思います。今回取り上げる作品にも、中に一ページ、とんでもないネタバレが仕込まれています。終盤の驚きを楽しみたい方は、決してページをぱらぱらめくらないよう注意してくださいね。北山猛邦さん『千年図書館』です。

 

こんな人におすすめ

切ないどんでん返しが仕掛けられた短編集が読みたい人

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「聯愁殺」 西澤保彦

<多重解決ミステリー>と呼ばれるミステリー作品があります。これは、複数の探偵役が試行錯誤・推理合戦を繰り返しながら真相に迫っていくタイプのミステリーのこと。傑出した天才名探偵がいないことが多い分、探偵役に感情移入がしやすい上、新説が披露されるたび新たな驚きと楽しみを味わうことができます。

多重解決ミステリーの例を挙げると、歌野晶午さんの『密室殺人ゲームシリーズ』、辻村深月さんの『冷たい校舎の時は止まる』。海外作品なら、アントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』などが有名です。そして、この手の作品なら、やっぱり西澤保彦さんを外すことはできません。今回ご紹介するのは『聯愁殺』。多重解決ミステリーの醍醐味を存分に堪能できました。

 

こんな人におすすめ

多重解決ミステリーを読みたい人

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「そこに無い家に呼ばれる」 三津田信三

鏡にだけ映る人影、無人の部屋から聞こえるすすり泣き、捨てたはずなのに戻ってくる人形・・・ホラー作品の定番といえる設定ですが、これらには共通点があります。それは<ないはずのものが在る>ということ。自分以外誰もいないはずなのに鏡に人影が映ったり、空室から人の声が聞こえたりしたとすれば、その恐ろしさは想像を絶するものがあります。

では、<あるはずのものがない>ならばどうでしょうか。それだって十分不気味なはずですが、どういう状況かぱっと思い浮かびにくい気がします。というわけで、今回ご紹介するのはこちら。三津田信三さん『そこに無い家に呼ばれる』。本来そこにあって然るべきものがない・・・そんな怖さをたっぷり味わえました。

 

こんな人におすすめ

・幽霊屋敷を扱ったホラー短編集が読みたい人

・実話風ホラーが好きな人

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「私たちが星座を盗んだ理由」 北山猛邦

図書館大好き人間の私が、しばしば意識してしまうこと。それは<蔵書整理>です。本がきちんと整えられ、利用しやすくなるのは有難いのですが、時々、好きだった蔵書がなくなることがあるのです。汚れが激しいので処分されたのか、収納スペースに余裕がある別の図書館に移したのか・・・詳細は分かりませんが、再読しようと思った本が見つからず、データベースで検索して「ここの図書館に置いてない!この前まであったのに!」となった時の落胆は、何度も経験したいものではありません。

反対に、「あれ、この本が入ってる。新刊でもないし、前はなかったのに」という嬉しい驚きもあります。あれって、違う図書館から回ってきたか、寄贈されたかなのでしょうか?以前は遠方の図書館から時間をかけて取り寄せてもらわなくてはならなかった本が、好きな時に手に取れるようになると、一気にテンションが上がります。この本も、図書館の本棚で見つけた時は「おおっ」と前のめりになってしまいました。北山猛邦さん『私たちが星座を盗んだ理由』です。

 

こんな人におすすめ

苦い後味のミステリー短編集が読みたい人

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