ミステリー

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「婚約者」 新津きよみ

調査によると、初恋の平均年齢は男性が十一歳で女性が九歳、初めて恋人ができたのは男女共に十六歳が平均だそうです。初めて人に恋愛感情を抱き、その人のことを思って一喜一憂したり、デートの約束に浮かれたりする・・・そんな初々しい恋心は、本人達だけでなく、見ている周囲の人間をも温かな気持ちにさせてくれるものです。

ですが、イヤミスやホラーの世界となると話は別。若く未熟であるがゆえの幼稚さ、周囲の事情が見えない軽率さが強調され、とんでもない悲劇が引き起こされることも少なくありません。そんな狂気とも言える恋心を描かせたら、この作家さんは本当に上手いですね。今回は、新津きよみさん『婚約者』をご紹介したいと思います。

 

こんな人におすすめ

女性の狂気を描いたホラーサスペンスが読みたい人

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「十戒」 夕木春央

創作の世界には<評価が分かれる作品>というものが存在します。ある人にとっては傑作でも、別のある人にとってはイマイチ・・・などということは、決して珍しいことではありません。違った感想を持つ読者同士が、あれこれ意見をぶつけ合うこともまた、読書の醍醐味の一つです。

では、賛否両論、評価が分かれやすいのはどんな作品でしょうか。例を挙げると、<神様が超自然的な力を使って犯人を当てる>という麻耶雄嵩さんの『神様ゲーム』、学生達があまりに残虐な殺し合いを繰り広げる高見広春さんの『バトル・ロワイアル』、解決編が存在しない恩田陸さんの『夏の名残の薔薇』等が、議論を巻き起こす傾向にあると思います。それからこの作品も、人によって評価が分かれる気がしますね。夕木春央さん『十戒』です。

 

こんな人におすすめ

クローズドサークルもののミステリーが好きな人

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「ポイズン 毒 POISON 」 赤川次郎

一説によると、<毒殺>は弱者の犯罪だそうです。凶器となる毒さえ手に入れてしまえば、腕力や特殊技能がなくても殺人を実行できること、標的と直接相対する必要がないことなどが理由なのだとか。この使い勝手の良さ(と言ってはいけないのでしょうが)から、古今東西、犯行方法に毒殺を選んだ殺人者は数多く存在します。

フィクション作品でも、毒殺がテーマとなったものは数えきれません。あまりにありすぎて例を出すのが難しいのですが、世界的な有名作品だと、アガサ・クリスティーの『蒼ざめた馬』を挙げる方が多いのではないでしょうか。タリウムを使った殺人事件が出てくるのですが、あまりに有名になりすぎて、この作品の読者が現実のタリウム中毒事件に気付き真相解明に至ったというエピソードもあるほどです。毒の存在を楽しむのは、あくまで創作の世界の中だけに留めておきたいものですね。今回ご紹介するのは、赤川次郎さん『ポイズン 毒 POISON』。毒がキーワードとなる、上質のサスペンスミステリーでした。

 

こんな人におすすめ

毒をテーマにした連作短編集に興味がある人

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「能面検事の死闘」 中山七里

<無敵の人>という言葉をご存知でしょうか。二〇〇八年、実業家であり論客のひろゆき氏が使い始めたインターネットスラングで、失うものが何もないため躊躇なく犯罪に走る人を指すのだそうです。つい魔が差し、一瞬、「こいつをぶん殴ってやりたい」とか「ここで暴れ回ったらすっきりするだろうな」とか思ってしまうのは誰でもあること。ただ、実際に行動してしまうと犯罪者となり、家族や仕事、築いた財産を失う可能性があります。そこで多くの人は罪を犯すことを思いとどまるわけですが、失いたくないものを持たない人間は、「もうどうにでもなっちまえ!」と破滅的な行動に走ってしまうことがあり得ます。二〇〇一年の附属池田小事件や、二〇一九年の京都アニメーション放火殺人事件等、実際に大惨事となったケースも少なくありません。

社会の耳目を集める存在なだけあって、無敵の人は多くのフィクション作品に登場します。作品の知名度として有名なのは、映画『ジョーカー』のアーサー・フレック辺りでしょうか。どん底の男が良識を手放し、ジョークとして凶悪犯罪を起こしていく様は、決して創作と言い切れないほどの迫力と臨場感がありました。さすがにアメコミのヴィランほどではありませんが、今日取り上げる作品にも、社会を混乱に陥れる無敵の人が登場します。中山七里さん『能面検事の死闘』です。

 

こんな人におすすめ

・『能面検事シリーズ』が好きな人

・<無敵の人>を扱った作品に興味がある人

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「ホテル・カイザリン」 近藤史恵

当たり前の話ですが、図書館で本を予約した場合、その本がいつ手元に届くか事前には分かりません。特に予約者が大勢いるような人気作となると、順番が回ってくるタイミングは予測不可能。時には、予約本が複数まとめて届いてしまい、返却日を気にしつつ大慌てで読む羽目に陥ったりします。人気作は図書館側の購入冊数も多いため、意外とさくさく順番が進むのかもしれませんね。

逆に、待てども暮らせども予約本が一冊も届かないこともままあります。なぜか「今なら大長編だろうと読む余裕あるのに!」という時に限って、どの本も全然順番が回ってこなかったりするんですよ。最近、そういう状況が続いてモチベーション下がり気味だったので、この本が届いた時は嬉しかったです。近藤史恵さん『ホテル・カイザリン』です。

 

こんな人におすすめ

イヤミス多めの短編集が読みたい人

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「訪問者」 恩田陸

怪文書、犯行予告、警告状・・・ミステリーやサスペンスでは、しばしばこうした小道具が登場します。その内容は、ストレートに犯罪を予告するものから、謎解きをしないと意味が分からないものまで千差万別。登場人物達を怯えさせ、緊迫感を盛り上げるのにぴったりのアイテムです。

ただ、<わざわざ事前に文書を送りつけ、関係者の警戒心を高める>という性質上、リアリティ重視の社会派ミステリーなどで警告状等が登場する機会は少ない気がします。登場率が高いのは、探偵が活躍する本格・新本格ミステリーではないでしょうか。今回取り上げる作品でも、警告状が味のある使われ方をしています。恩田陸さん『訪問者』です。

 

こんな人におすすめ

クローズドサークルのミステリーが好きな人

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「黄昏の囁き」 綾辻行人

一昔前まで「話を順番通りに追うのが面倒」という理由で、作中で時間が進んでいく形式のシリーズ作品はあまり読まなかった私ですが、一作独立型のシリーズは結構読んでいました。作中の出来事や人間関係が基本的に一作ごとに完結しているため、どの作品から読んでも大丈夫なところが気楽だったんです。私は図書館を利用することが多いため、シリーズ作品をきっちり刊行順通りに借りていくのは難しいせいもあるかもしれません。

何より、どこから読んでも置いてけぼりを食らうことなく楽しめるのが独立型シリーズ作品の魅力。そして、こういう形式のシリーズ作品の場合、読者によって一作ごとの好みがよりはっきり分かれる傾向にある気がします。例えば私の場合、赤川次郎さんの『三姉妹探偵団シリーズ』なら四作目『復讐編』が、田中芳樹さんの『薬師寺涼子の怪奇事件簿シリーズ』なら三作目『巴里・妖都変』が好きだったりします。今回ご紹介するのは、綾辻行人さん『囁きシリーズ』の三作目『黄昏の囁き』。シリーズ中、これが一番お気に入りです。

 

こんな人におすすめ

記憶をテーマにしたサスペンスホラーに興味がある人

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「翼ある蛇」 今邑彩

古来より、蛇は様々な文化の中で、<人知を超えた得体の知れない力を持つ存在>として捉えられてきました。手足のない体や、全身をくねらせて移動する動き方、脱皮を繰り返す性質などがそうさせるのでしょうか。旧約聖書の中で、禁断の果実を食べるようイブを唆すのは蛇ですし、ギリシャ神話では生命力の象徴とされ、世界保健機関のシンボルマークにもなっています。

蛇が重要なキーワードとして登場する作品はたくさんありますが、やはり<ミステリアスで不可思議な力の象徴>として描写されることが多い気がします。川上弘美さんの『蛇を踏む』や三浦しをんさんの『白いへび眠る島』などがいい例でしょう。今日は、蛇がとても印象的な使われ方をしている作品を取り上げたいと思います。今邑彩さん『翼ある蛇』です。

 

こんな人におすすめ

・猟奇殺人が出てくるサスペンスが好きな人

・『蛇神シリーズ』のファン

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「業火の地 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎」 櫛木理宇

古来より、放火は非常に重い罪として扱われてきました。理由は色々ありますが、その最たるものは、社会及び被害者に与える被害が甚大だからでしょう。マッチ一本の火が、最悪、町一つを焼き尽くしてしまうことだってあり得ます。日本の場合、一昔前は木造建築が主流であり、火災の影響を受けやすかったことも関係していると思います。

そうなると当然、放火をテーマにした小説は、のんびりユーモラスなものにはなり得ません。この記事が投稿された時期を考えると、二〇二三年七月にドラマ化された池井戸潤さんの『ハヤブサ消防団』を思い浮かべる人が多いかな。<放火>から<火災>まで範囲を広げると、若竹七海さんの『火天風神』も迫力たっぷりのパニックサスペンス小説でした。今回ご紹介する作品にも、火にまつわる悲惨な事件が出てきます。櫛木理宇さん『業火の地 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎』です。

 

こんな人におすすめ

放火事件を扱ったサスペンスに興味がある人

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「灰色の家」 深木章子

厚生労働省の調査によると、一番自殺が多い年代は六十代、次に五十代、四十代と続くそうです。百歳超えが珍しくない現代において、これくらいの年代はまだまだ働き盛り。公私共にエネルギッシュな年頃と言っても過言ではありません。とはいえ、二十代、三十代と比べれば、体力気力が衰えてくる世代であることもまた事実。だからこそ、苦境に立たされた時、「こんな苦しいことがまだ何十年も続くのか」と弱気になり、自殺に走ってしまうのかもしれませんね。

一方、七十代、八十代になると、自殺者の数は減少します。これには様々な要因があるのでしょうが、その一つは、自殺しなくても、段々と死が迫ってくる世代だからだと思います。足腰や五感が徐々に弱ってくる人もいれば、本人は健康でも、近親者や友人知人の死が相次ぐ人だっているでしょう。生きる辛さが長く続くと思うからこそ自殺を選ぶのであって、もう自然死が間近に見えているならわざわざ死ななくても・・・と思う人は、少なくないのではないでしょうか。では、そういう状況で自殺を選ぶ高齢者がいたとしたら?それも、一人ではなく、狭いエリア内で何人も自殺者が続いたとしたら?そこには何が秘められているのでしょう。今回は、高齢者の自殺を巡るミステリーを取り上げたいと思います。深木章子さん『灰色の家』です。

 

こんな人におすすめ

老人介護問題と絡めたミステリーに興味がある人

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