ヒューマン

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「事件は終わった」 降田天

物事の、中でも悲惨な物事の終わりとはいつでしょうか。たとえば戦争だとしたら、当事者間で終戦の合意がなされた時?自然災害だとしたら、避難生活が終わり、被災した人達が自宅で普通に暮らせるようになった時?幸せな出来事ならば永遠に続いてくれていいけれど、不幸な出来事ならはっきり終わってほしいと思うのが人情というものです。

しかし、悲しいかな、不幸な出来事であればあるほど、長く続いてしまうのが世の常。戦争や災害、凶悪犯罪などの場合、出来事そのものは終わっても、巻き込まれてしまった人達の心身の傷はそう簡単には癒えません。「もう終わったことなんだから忘れなさい」と言えるのは、きっと部外者だからこそでしょう。今回は、とある犯罪と、そこに関わってしまった人達の苦しみをテーマにした作品をご紹介します。降田天さん『事件は終わった』です。

 

こんな人におすすめ

心の傷と再生を描いたヒューマンストーリーが読みたい人

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「息子のボーイフレンド」 秋吉理香子

LGBT問題は、もはや単語を見聞きしない日はないと言っても過言ではないくらい、社会全体で一般的なテーマとなりました。簡単に説明しておくと、LGBTとはレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの四つの単語の頭文字を組み合わせた表現です。日本におけるパートナーシップ制度のように、彼らの権利を保護する制度・法律もできている一方、悲しいかな、理不尽な差別の対象となることも少なくありません。

ただ、人種差別や性差別といった差別問題と、LGBTに対する差別とでは、一つ、大きな違いがあると思います。それは<本人が隠そうと思えば隠すことも不可能ではない>ということ。実際、LGBTの方々が、様々な事情から自身の性的指向・性自認を隠して生活するケースも多いと聞いたことがあります。自分を偽らず、正直に伸び伸びと生きるのが一番。そう分かってはいても、それを実行するのが難しいのが現実というものなのでしょう。この作品を読んで、本当の自分を受け入れることの意味について考えさせられました。秋吉理香子さん『息子のボーイフレンド』です。

 

こんな人におすすめ

LGBT問題をユーモラスに描いた家族小説が読みたい人

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「5分で読める!ひと駅ストーリー 猫の物語」 このミステリーがすごい!編集部

コロナが流行り、自粛生活を強いられるようになってから、巷では猫ブームが起こったそうです。犬と違って散歩不要、過度に構ってやる必要もなく、マーキングの習性がないからトイレも楽、家にこもりきりの生活に癒しが生まれる・・・確かに一見、いいことだらけのように思えます。

しかし、生き物を飼うということは、そんなに気楽なものではありません。何しろ相手はぬいぐるみではなく、平均で十年以上生きる生き物です。思い通りにいかないこと、困らせられることなど山ほどあるでしょうし、身も蓋もない話、安くないお金もかかります。「それでも猫でしょ。飼うなんて楽ちん楽ちん」などと思う方、この作品を読めば猫を甘く見る気持ちなど吹っ飛ぶかもしれませんよ。「このミステリーがすごい!」編集部による『5分で読める!ひと駅ストーリー 猫の物語』です。

 

こんな人におすすめ

猫をテーマにしたアンソロジーが読みたい人

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「見つけたいのは、光。」 飛鳥井千砂

私は自分でこうしてブログを運営しているだけあって、他人様のブログを閲覧することもよくあります。本や映画、ドラマのレビュー、家庭内でのあれこれについて、オリジナルレシピの紹介、転職体験記etc・・・もはや取り上げられていないジャンルはないのでは?と思うほどたくさんのブログが存在し、読者を飽きさせません。

ツイッターのようなSNSと違い、長文でしっかりと自分の考えを伝えられるところが、ブログの長所だと思います。反面、思いをこめ、長文で考えを述べているからこそ起こる行き違いがあることもまた事実。そう思ったのは、最近、この作品を読んだからです。飛鳥井千砂さん『見つけたいのは、光。』です。

 

こんな人におすすめ

現代女性の悩みと再生をテーマにした小説に興味がある人

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「おそろし~三島屋変調百物語」 宮部みゆき

あけましておめでとうございます。2023年が始まりました。2022年を振り返ってみると、収束の気配が見えないコロナ、ロシアのウクライナ侵攻、安倍元首相の銃殺事件と、気持ちが塞ぐニュースが多かったです。今年こそは明るい兆しが見えますように。それはきっと、全人類共通の願いでしょう。私にできることは少ないかもしれませんが、自分と家族の健やかな生活を守るよう心掛けつつ、読書も楽しんでいきたいです。

さて、年末年始という時期は、一年で一番、日本の伝統文化を感じる時期だと思います。着物姿の人が増え、お蕎麦やお節といった和食が多く供され、寺社仏閣での行事の多さも年間最多ではないでしょうか。こういう時期ですので、本もまた日本の文化を感じられる時代小説を取り上げようと思います。宮部みゆきさん『おそろし~三島屋変調百物語』です。

 

こんな人におすすめ

切なく温かい怪談小説が読みたい人

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「嘘つきジェンガ」 辻村深月

<詐欺>とは、人を騙し、金品を奪ったり損害を与えたりする犯罪のことです。強盗やひったくりなどとの違いは、被害者と加害者がある種のコミュニケーションを取っていることが多いという点でしょう。結婚詐欺などをはじめ、被害者が加害者に愛情や信頼を抱くケースもあり、立件が難しいこともしばしばのようです。

詐欺をテーマにした小説といえば、以前、当ブログで乃南アサさんの『結婚詐欺師』を取り上げました。あとは、ちょっとコミカルなものなら道尾秀介さんの『カラスの親指』、ホラーなら貴志祐介さんの『黒い家』、どんでん返しミステリーなら歌野晶午さんの『葉桜の季節に君を想うということ』etcetc。どれも面白い作品ばかりです。それからこれも、詐欺という犯罪の性質を活かした佳作でした。辻村深月さん『嘘つきジェンガ』です。

 

こんな人におすすめ

詐欺をテーマにした心理小説が読みたい人

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「彼女の背中を押したのは」 宮西真冬

本好きなら誰しも一度は憧れるであろう職場、それは<図書館>と<書店>だと思います。この二つの内、図書館は自治体運営であることが多く、採用枠がとても少ないですが、書店は多いとは言えないまでもそれなりに求人があります。周囲を本で囲まれ、手を伸ばせばすぐそこに大量の本がある生活。本好きにとっては夢のような場所でしょう。

ですが、どの職業もそうであるように、書店という仕事は楽しいことだけではありません。実際、求人情報の口コミ掲示板などを見れば、書店稼業の過酷さの一端を垣間見ることができます。とはいえ、玉石混交のネット情報じゃイマイチ大変さが伝わってこないな・・・という方は、これを読んでみてはどうでしょうか。宮西真冬さん『彼女の背中を押したのは』です。

 

こんな人におすすめ

家庭や仕事に悩む女性を描いたヒューマンミステリーが読みたい人

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「終活中毒」 秋吉理香子

コロナ禍が起こったせいもあるでしょうか。周囲で<終活>という言葉を聞く機会が増えました。ただ言葉を聞くだけでなく、実際に終活を始めたという経験談を耳にすることもしばしばです。意外に、まだ寿命のことなど心配する必要がなさそうな世代の人が終活を始めるケースも多いようですね。もっとも、この世のありとあらゆる事象の内、<死>は思い通りにならないものの筆頭格。体力も気力も十分ある内に準備しておく方が合理的なのかもしれません。

人生を終わらせるための準備ということもあり、終活をテーマにした小説は、どうしても重くしんみりした雰囲気になりがちです。もちろん、それはそれでとても面白いのですが、「終活には興味あるけど、今日はさらりと軽く読書したいな」という気分の時もあるでしょう。そんな時は、これ。秋吉理香子さん『終活中毒』です。

 

こんな人におすすめ

終活をテーマにした短編集が読みたい人

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「掬えば手には」 瀬尾まいこ

<テレパシー>という超能力があります。これは、心の中の思いが、言葉や身振り手振りを使わずに他人に伝わる能力のこと。SF作品などで敵相手に大立ち回りするような派手さはないものの、実生活では結構便利そうな能力に思えます。

テレパシーが登場する小説としては、筒井康隆さんの『七瀬三部作』と宮部みゆきさんの『龍は眠る』がぱっと思い浮かびました。どちらにも、己の能力に苦しみ、葛藤する超能力者が登場します。では、この作品ではどうでしょうか。瀬尾まいこさん『掬えば手には』です。

 

こんな人におすすめ

テレパシーが絡んだヒューマンストーリーが読みたい人

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「さんず」 降田天

自殺はいけないこと。これは老若男女問わず誰もが断言することだと思います。その理由は色々あるでしょうが、多いのは「親からもらった命を粗末にしちゃだめ」「生きたくても生きられない人がいるのだから」辺りでしょうか。キリスト教圏なら「神が禁じているから」なんて理由もありそうです。

とはいえ、「いけないんだ。じゃあ、やめましょう」とはいかないのが人間というもの。特に東洋の場合、<殉死><切腹>などの慣習があり、のっぴきならない事態に直面した人間が自殺することを美徳とする時代さえありました。そういう意味で、欧米と比べると、自殺という行為との距離が近いような気がします。今日は、自殺をテーマにしたミステリーを取り上げたいと思います。降田天さん『さんず』です。

 

こんな人におすすめ

自殺を巡るミステリーが読みたい人

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