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「依頼人は死んだ」 若竹七海

探偵に向いている資質とは、一体どんなものでしょうか。調査対象をどこまでも追跡できる体力?些細な異変を見逃さない観察力?怪しまれずに周囲に溶け込める社交性?どれも必要でしょうが、一番大事なのは、何があっても動じずに調査を続けるしぶとさだと思います。

古今東西、小説の中で探偵役を務める登場人物達は皆、並々ならぬしぶとさを持っていました。有栖川有栖さんの『作家アリスシリーズ』に登場する火村英生は、銃を突きつけられても犯人追及の手を緩めないし、柴田よしきさんの『花咲慎一郎シリーズ』の花咲慎一郎は、暴力団幹部に命を握られながらも問題解決のため奔走します。それから、しぶとい探偵といえばこの人を忘れちゃいけません。若竹七海さんの『葉村晶シリーズ』に登場する葉村晶。今回取り上げるのは、シリーズ第二弾『依頼人は死んだ』です。

 

こんな人におすすめ

・皮肉の効いたミステリー短編集が好きな人

・女性探偵の物語に興味がある人

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「掲載禁止」 長江俊和

一月も後半。今年度も残りわずかです。学校も職場も、今年度の締めくくりと新たな年度への準備で、何かと気忙しくなる時期でしょう。昔の人は十二月を<師走(いつも沈着なお坊さんでも走り回るくらい忙しい時期)>と表現しましたが、個人的には今くらいの時期が一番慌ただしい気がします。

だからといって読書をやめられないのが本好きの性。とはいえ、仕事や勉強が多忙なら、読書に割く時間は減りがちになります。こういう時は、一話一話が独立していて、空き時間に読み進められる短編集がお勧めです。先日は、この短編集を読みました。長江俊和さん『掲載禁止』です。

 

こんな人におすすめ

どんでん返しのあるサイコサスペンス短編集が読みたい人

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「双頭の蛇」 今邑彩

シリーズ作品には<三作目の壁>というものがあるそうです。物語の始まりである一作目が面白いのは、ある意味、当然。その勢いに乗れば、二作目も高水準を維持できる。問題は三作目で、ここで失速し、評価を落としてしまう作品もしばしばあるとのこと。逆に、この壁を乗り越えれば、レベルの高い人気シリーズになることが多いそうです。

実際、人気のある小説シリーズは、総じて三作目のレベルが高い気がします。綾辻行人さんの『館シリーズ』三作目の『迷路館の殺人』や、東野圭吾さん『ガリレオシリーズ』三作目の『容疑者Xの献身』は、シリーズ中でもお気に入りの作品です。個人的に、この作品も壁を突破していると思います。今邑彩さん『蛇神シリーズ』の三作目『双頭の蛇』です。

 

こんな人におすすめ

・因習が絡む土着ホラーが好きな人

・『蛇神シリーズ』のファン

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「殺人鬼---覚醒篇」 綾辻行人

<グロテスク>というのは、元々は異様な人間や動植物に曲線模様をあしらった美術様式を指すのだそうです。語源はイタリア語の<洞窟>で、暴君として名高いローマ皇帝ネロが造った宮殿群を意味するとのこと。これが転じ、<不気味>とか<異様>とかいう意味で使われるようになりました。

現代、小説の世界で<グロテスク>という言葉が使われる場合、生理的嫌悪感を抱かせる、残酷かつ奇怪な作風であることが多いです。血が噴き出し内臓飛び出るスプラッターな内容になることもしばしばなので、けっこう人を選ぶジャンルですよね。かくいう私も得意な方ではありませんが、物語として面白いなら話は別。そして、国内グロ小説としては、これがトップクラスの完成度ではないでしょうか。綾辻行人さん『殺人鬼-――覚醒篇』です。

 

こんな人におすすめ

・叙述トリックが仕掛けられたホラーミステリー小説が好きな人

・残酷描写に抵抗がない人

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「無人島ロワイヤル」 秋吉理香子

明けましておめでとうございます。今年もこうしてブログを続けながら新年を迎えることができ、とても嬉しく思います。ニュースで繰り返し取り上げられていましたが、二〇二三年の<今年の漢字>は<税>、得票数二位は<暑>、三位は<戦>だったとのこと。楽しいことより辛いことの方が目につきやすいのが人の世の常とはいえ、穏やかさや安らぎとは程遠い言葉が上位にランクインされているのは、なんとなく寂しい話です。こういう時こそより良い読書ライフを送り、心を豊かにしていきたいものですね。

振り返ってみると、二〇二三年の新年第一発目のレビュー作品は宮部みゆきさんの『おそろし~三島屋変調百物語』、二〇二二年は長江俊和さんの『出版禁止 いやしの村滞在記』、二〇二一年は芦沢央さんの『汚れた手をそこで拭かない』でした。たまたまですが、胸にズンと響くホラーやイヤミス寄りの作品ばかりだったようです。今年はちょっと趣を変え、後味すっきりで読むことのできる口当たりのいい作品を取り上げようと思います。秋吉理香子さん『無人島ロワイヤル』です。

 

こんな人におすすめ

デスゲーム物が好きな人

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「さくら草」 永井するみ

<ブランド>という言葉は、ある財貨・サービスを、その他の財貨・サービスと区別するための印を意味するのだそうです。もともとの語源は<焼印>で、北欧の牧場主が自分の家畜とよその家畜を区別するため、家畜に焼印を押していたことから誕生した言葉なのだとか。それを知ってみると、やたら生々しく強烈な響きに聞こえますね。

ありとあらゆる分野に<ブランド>は存在しますが、一番連想されやすいのはファッション業界ではないでしょうか。もちろん、一言でブランド品と言っても色々あり、目の玉が飛び出るほどの値段がつく高級品から、学生がバイト代を貯めて買えるお手頃商品まで、千差万別。そして、商品に込められた作り手の思い、買い手の思いもまた様々です。今回ご紹介するのは、永井するみさん『さくら草』。ファッションブランドに関わる人間達の業の深さを堪能できました。

 

こんな人におすすめ

ファッションにまつわるサスペンスに興味がある人

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「婚約者」 新津きよみ

調査によると、初恋の平均年齢は男性が十一歳で女性が九歳、初めて恋人ができたのは男女共に十六歳が平均だそうです。初めて人に恋愛感情を抱き、その人のことを思って一喜一憂したり、デートの約束に浮かれたりする・・・そんな初々しい恋心は、本人達だけでなく、見ている周囲の人間をも温かな気持ちにさせてくれるものです。

ですが、イヤミスやホラーの世界となると話は別。若く未熟であるがゆえの幼稚さ、周囲の事情が見えない軽率さが強調され、とんでもない悲劇が引き起こされることも少なくありません。そんな狂気とも言える恋心を描かせたら、この作家さんは本当に上手いですね。今回は、新津きよみさん『婚約者』をご紹介したいと思います。

 

こんな人におすすめ

女性の狂気を描いたホラーサスペンスが読みたい人

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「さえづちの眼」 澤村伊智

<血は水よりも濃し>ということわざがあるように、古来より、血縁関係のある家族は固い絆で結ばれていると考えられてきました。実際にはそうでもないケースも多々あるのですが、「あいつとは血が繋がっているから」という理由で過ちが許されたり、恩恵を受けたりする事例が数多く存在することもまた事実。同様の考え方が欧米やアラブ地域にも存在することからも、人類がいかに血縁を重視する生き物かが分かります。

一言で<血縁>といっても親子や兄弟姉妹等、色々な関係がありますが、中でもひときわ特別扱いされるのは<母子>ではないでしょうか。何しろ、この世で唯一、物理的に肉体を共有したことがある間柄です。当然のように多くの創作物のテーマとなり、深く濃い愛憎が描かれてきました。今回取り上げる作品も、母と子の関係が下敷きになっています。澤村伊智さん『さえづちの眼』です。

 

こんな人におすすめ

『比嘉姉妹シリーズ』が好きな人

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「近畿地方のある場所について」 背筋

<モキュメンタリー>という手法があります。これは、フィクション作品を、実際に起こったドキュメンタリー作品のように描写するやり方のこと。ドキュメンタリーとして演出している関係上、作中で明確な謎解きや真相解明がなされないことが多く、与えられた情報から読者が考察する必要があることが特徴です。

古くから存在する手法ですが、知名度を上げたのは、アメリカ発のホラー映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』でしょう。小説なら、長江俊和さんの『放送禁止シリーズ』は、モキュメンタリーの性質をうまく活かしたサスペンスでした。それからこれも、モキュメンタリーの名作として、長く語り継がれる作品だと思います。背筋さん『近畿地方のある場所について』です。

 

こんな人におすすめ

モキュメンタリー形式のホラー小説に興味がある人

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「十戒」 夕木春央

創作の世界には<評価が分かれる作品>というものが存在します。ある人にとっては傑作でも、別のある人にとってはイマイチ・・・などということは、決して珍しいことではありません。違った感想を持つ読者同士が、あれこれ意見をぶつけ合うこともまた、読書の醍醐味の一つです。

では、賛否両論、評価が分かれやすいのはどんな作品でしょうか。例を挙げると、<神様が超自然的な力を使って犯人を当てる>という麻耶雄嵩さんの『神様ゲーム』、学生達があまりに残虐な殺し合いを繰り広げる高見広春さんの『バトル・ロワイアル』、解決編が存在しない恩田陸さんの『夏の名残の薔薇』等が、議論を巻き起こす傾向にあると思います。それからこの作品も、人によって評価が分かれる気がしますね。夕木春央さん『十戒』です。

 

こんな人におすすめ

クローズドサークルもののミステリーが好きな人

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