はいくる

「かがみの孤城」 辻村深月

何でも願い事を一つ叶えてあげる・・・物語によくあるシチュエーションです。もしそんな局面に直面した時、人は何を願うのでしょうか。私は想像力貧困ですので、いざそういう状況になったら、「家内安全、無病息災」くらいしか思いつかないかもしれません(笑)

しかし、世の中には、切実に叶えたい願いを持つ人もいます。どうにもならない現実に苦しみ、人ならざるものの力を借りてでもそれを打開したいと願う子どももいます。今日取り上げる小説には、そんな子どもたちが登場します。辻村深月さん『かがみの孤城』です。

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些細なきっかけでクラスメイトの女子から嫌がらせをされるようになり、不登校になった主人公・こころ。ある日、こころの部屋の鏡が光り、潜り抜けた先には不思議な城があった。そこにいたのは狼の面を付けた少女と、こころと同じような境遇にいる六人の中学生達。狼面の少女は言う。「お前たちには今日から一年間、この城内で鍵探しをしてもらう。見つけた者は城の『願いの部屋』に入り、一つだけ願いを叶えることができる」突然の出来事に戸惑いつつ、城で交流を深めていく七人だが・・・・・傷つき、もがく彼らが最後に手にしたものとは。感動必至のヒューマンストーリー。

 

「異空間での少年少女もの」と言えば、辻村さんのデビュー作『冷たい校舎の時は止まる』が有名です。あちらは県下一の名門校に通う高校生たちが主役でしたが、本作で中心となるのは中学生。そのせいか、『冷たい~』よりも登場人物たちが抱える閉塞感や不安が痛々しく、途中、胸が苦しくなる場面もありました。

 

主人公のこころは、平凡な女子中学生。ある時からクラスのリーダー格の女生徒に目を付けられ、学校に行けなくなってしまいます。そんなこころが鏡の向こう側にある城で出会ったのは、狼の面を付けた少女と、どうやらこころと同じく学校に行っていないらしい六人の中学生たちでした。願いを叶えるために鍵探しをすることになった七人は、徐々に打ち解け、かけがえのない友人同士になっていきます。

 

この七人の中学生たちの魅力的なこと!サッカー好きでイケメンのリオン、ハリポタのロンに似ているスバル、口達者でゲームマニアのマサムネ、食いしん坊で惚れっぽいウレシノ、派手で大人っぽいアキ、声優のような声をしたフウカ。こう書くと平凡な少年少女のようですが(実際にそうなのですが)、辻村さんの丁寧な心理描写により、個性豊かで生き生きとした動きを見せてくれるのです。

 

だからこそ、彼らがいじめや家庭内不和などに苦しめられる姿は、読んでいて辛かったです。全員の背景が明らかになるのは終盤ですが、主人公・こころを取り巻く状況は比較的早く分かります。リーダータイプの女生徒と取り巻きたちによる陰口の嵐、こころの一挙一動を真似して笑い、黙って耐えれば「無視してんじゃねえ、ブス!」と罵られ、担任は「女の子同士の喧嘩」としか見てくれない・・・殴る蹴るの暴力があるわけでも金銭を取られるわけでもなく、ひたすら精神をいたぶられ追い詰められていくこころ。こういういじめや大人の無理解に悩む子どもは、今この瞬間も大勢いるのでしょう。

 

その分、城に集まった七人が仲良くなり、絆を深めていく様子には心が温かくなりました。で、ホッとさせられるあまり気づきませんでしたが、実はそれらの場面すべてに伏線が散りばめられているんですよ。そのすべてが終盤に回収され、「ああっ、そういうこと!」と唸らされる展開はお見事。ボリュームのある作品にもかかわらず、読了後すぐページを遡り、「あそこはここに繋がって・・・あの言葉の意味はこういうことで・・・」と一つ一つ確認してしまったほどです。

 

今悩みを抱える子どもとかつて苦しんだ記憶のある大人、両者に読んでほしい名作です。作品の中でイラストは表紙しかなく、こころと狼面の少女のみ顔が分かりますが、インターネット上ではイラストレーターさんによる登場人物全員の顔が公開されています。イメージが膨らむと思うので、ぜひこちらも見てほしいです。

 

生きていれば光は差す度★★★★★

ラストにもう一人の主人公が・・・度★★★★☆

 

こんな人におすすめ

・心温まるファンタジーが好きな人

・ティーンエイジャーの悩みを描いた作品が読みたい人

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コメント

  1. しんくん より:

    ファンタジーと現実を上手く組み合わせた辻村深月さんならではの作品でしたね。
    登校拒否になった少女の心理や心配する母親の気持ち、学校の対処などかなりリアルに感じました。
    不思議な空間に集まった少年少女たちの意外な現実と見事な展開に感動しました。

    1. ライオンまる より:

      ファンタジーでありながら、中学生を取り巻く環境や人間模様がすごくリアルでしたね。
      あの「暴力を振るうわけでも金銭を要求するわけでもない嫌がらせ」の描写なんて、読んでいて本気で辛くなるほどでした。
      ラスト、あの人の意外な正体にはビックリでした。

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