はいくる

「壁の男」 貫井徳郎

私は昔から涙もろく、ちょっとしたことですぐ泣いてしまっていました。こんな泣き虫な子どもじゃ親はさぞ大変だっただろう・・・と思いきや、泣くだけ泣いたらすぐ眠ってしまうので、意外と楽だったそうです(笑)

今でも泣き上戸な所はあまり変わっておらず、小説を読んだり映画を見たりした後、一人で目を真っ赤にしていることもしばしばです。最近読んだ小説の中では、これが一番泣けました。貫井徳郎さん『壁の男』です。

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とある小さな町の中で、家々の壁に描かれた原色の絵。お世辞にも上手いと言えないそれらの絵は、町で学習塾を営む男・伊苅が描いたものだった。伊苅はなぜ、子どもの落書きのような拙い絵を描き続けるのか。町の住民たちはなぜ次々と彼に絵を描くよう依頼するのか。興味を持ったノンフィクションライター・鈴木は、伊苅を取材しようと試みるが・・・・・黙々と絵を描き続ける男の背後から、やがて悲しくも豊かな人生が浮かび上がる。号泣必死の感動長編。

 

物語を構成する章は全部で五つ。ノンフィクションライターの鈴木が、小さな町の中であちこちの建物の壁に絵が描かれていることを知り、作者を取材してみようと思い立つ所から始まります。あらすじにもある通り、この絵はどぎつい色を使った稚拙なもので、景観のためとはとても思えません。にもかかわらず、町民たちは進んで家の壁に絵を描いてくれるよう頼み、今や町は壁画だらけになっています。

 

作者の伊苅自身、自分に絵心がないことは百も承知。彼が最初に自宅の壁に絵を描いた時は、白眼視してくる住民もたくさんいました。それが小さな出来事の積み重ねにより次第に和らぎ、やがて「自分の家の壁にも描いてくれ」と頼まれるようになるのです。疎遠だった幼馴染や、頑固一徹の老人の態度が徐々に軟化してくる様子は温かく、ほのぼのとした気分にさせられました。

 

さらに物語は時間を遡り、伊苅の過去についても描かれます。ぎくしゃくした両親、思いがけず出会った愛する女性、信頼できる友人にかけがえのない娘・・・彼ら一人一人と過ごした時間、交わした言葉のすべてが、後の「壁に絵を描き続ける」という行為の伏線となっています。時系列がばらばらなので、最初は一体どう繋がるのか分かりませんでしたが、ラストで「そうだったのか」と納得すると同時に涙が止まりませんでした。

 

本作は、貫井作品の特徴である、人間の業の深さを濃密に描いたミステリーとはいささか趣が異なります。『慟哭』『愚行録』のような作品を期待している読者は、あらすじをチェックしただけで読むのを躊躇ってしまうかもしれません。ですが、私の中では間違いなく、万人にお薦めできる一冊です。映像化にも向いているような気がするので、いつか、スクリーンでこの話を見てみたいものです。

 

涙がこみあげてきて止まらない・・・度★★★★☆

世の中にはどうにもならないことがある度★★★★★

 

こんな人におすすめ

胸を打つヒューマンドラマが好きな人

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