はいくる

「慈雨」 柚月裕子

「お遍路」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。弘法大師の足跡を辿って四国八十八カ所を巡ることで、功徳を積むために行われます。一昔前は徒歩で巡るしか移動手段がありませんでしたが、今は車やバスツアーでの移動もあるようですね。

お遍路に関する小説は色々ありますが、私が真っ先に思い浮かべるのは松本清張の『砂の器』。故郷を追われた親子が遍路する姿が印象的でした。この場面の印象があまりに強いからか、私はお遍路という言葉を聞くと、暗く悲しいものを連想してしまいます。ですが、最近読んだ小説の影響で、少し印象が変わってきました。柚月裕子さん『慈雨』です。

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警察官を定年退職後、妻と共にお遍路を行うことにした主人公・神場。いじめにまつわる少年時代の苦い記憶、駐在所勤務時代に遭遇した事件の数々、娘の恋人に対する葛藤・・・旅の中で、様々な思いが神場の胸に去来する。そんな中、神場は惨たらしい幼女殺害事件が起こったことを知り、動揺する。それは、十六年前に解決したはずの事件と酷似していた。心に深い傷を抱えながら、それでも真実を追い求める神場がやがて見つけたものとは。

 

物語の軸は主に二つ。妻と二人でお遍路をする神場の過去の回想と、現在進行形で起こる幼女殺害事件です。どちらの登場人物もとても魅力的で、まるで良質の映画を見ているようでした。中でも素敵なのが、神場の妻の香代子さん。明朗快活かつ聡明で思いやりがあり、不器用な夫を誰より理解しています。重苦しい展開を迎えるたび、彼女の明るさに救われました。

 

旅の最中、幼女殺害事件の発生を知った神場は後輩の刑事を通じ、捜査に協力します。とっくに退職した神場がなぜこんな行動を取るかというと、その事件が過去に起きた幼女殺害事件とあまりに似ているから。神場は過去に起きた事件でも捜査に加わっており、犯人逮捕に至ったものの、それが冤罪ではないかという疑念に悩まされていたのです。

 

この神場の苦しみが本当に切実。警察官でありながら冤罪を作り出したのではないかという不安や後悔が、ページをめくるごとに胸に押し寄せてきます。だからこそ、彼の気持ちを汲んで協力する関係者たちの思いが胸に染み入り、何度か涙ぐみそうになりました。事件に関する推理がごくごく真っ当なものである点もいいですね。名探偵の華麗な推理とは違う、泥臭くも実直な刑事の魂を見た気がします。

 

冤罪を扱った小説は悲壮かつ陰鬱なものが多いのですが、本作の雰囲気はあくまで静か。そのため、本来こういったテーマが苦手な人でも抵抗なく読めると思います。お遍路の描写もとても丁寧ですし、ぜひ神場夫妻と一緒に霊場を巡拝している気持ちに浸ってください。

 

彼らの未来に光あれ度★★★★★

この世から冤罪がなくなりますように度★★★★★

 

こんな人におすすめ

・冤罪をテーマにした小説に興味がある人

・重厚なヒューマンドラマが好きな人

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コメント

  1. しんくん より:

    お遍路さん巡りしながら、過去の事件を回想して現在進行形の事件の解決の糸口を見つける。娘への想いなど非常に深く読み応えのある作品でした。
    両親もお遍路さん巡りしていましたが、いつか自分もしてみたくなりました。

    1. ライオンまる より:

      事前に読んだあらすじに「冤罪」がテーマと書いてあったため、もう少し陰惨な雰囲気の作品かと思っていましたが、予想より穏やかな作風で良かったです。
      しんくんさんのご両親もお遍路さん巡りをされていたんですか。
      だとしたら、なおさら読んでいて感情移入するところがあるでしょうね。

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