はいくる

「出口のない部屋」 岸田るり子

密室。ミステリー好きなら、まず間違いなく一度は目にしたことのあるキーワードでしょう。閉ざされた部屋、出入り不可能な状況、その中で起こる謎めいた事件。江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』をはじめ、密室を扱った推理小説はたくさんあります。

とはいえ、たくさんありすぎて、ちょっとやそっとの密室ものではもはや読者が驚かなくなったことも事実。現実にはなかなか実現困難なケースが多いこともあって、一歩間違うと批判・冷笑の対象にもなりかねません。そこで今回は、一風変わった密室が登場する小説をご紹介します。岸田るり子さん『出口のない部屋』です。

 

スポンサーリンク

女流作家のもとに原稿を取りに行き、その場で作品を読むことになった編集者。理由も分からず密室に閉じ込められた、大学に勤める女性免疫学学者・若くして売れっ子の地位を手に入れた作家・裕福な開業医夫人の三人。女流作家が書いた原稿に隠された謎とは。接点のない三人は、なぜ閉じ込められてしまったのか。一見無関係な二つの世界が交錯し、予想外の真実へと結びつく---――鮎川哲也賞受賞作家が贈る、驚愕必死のミステリー

 

いわゆる「作中作」が登場するタイプの推理小説。最初に分かることですが、「編集者が読み始めた女流作家の原稿の内容」が「謎の部屋に閉じ込められた男女三人の物語」です。しかもこの三人は単なる作中作のキャラクターではなく、実際の人物。原稿の中で密室に監禁された三人の物語と、現実に存在する三人の物語が同時進行し、やがて彼らの意外な接点が浮かび上がる・・・というのが大まかなあらすじです。こう書くとやや分かりにくいですが、文章がとても平易で読みやすいため、混乱することはありませんでした。

 

原稿部分に登場する三人はあくまで「キャラクター」に過ぎず、台詞という形でしか自己主張しないため、全員豊かで恵まれた人間に見えます。ところが、現実部分は違う。知性と理性を併せ持つ才女であるはずの女性免疫学者は、実際はエゴの塊で、子供達に容赦なく自分の理想を押し付ける俗物。男性作家は、才能にも容姿にも恵まれていると見せかけて、実は年上妻の助けがなければまともに作品が書けない上、妻への恩も忘れて不倫に走る。物心ともに満たされているはずの開業医夫人は、現夫との結婚前に産んだ娘を捨てた過去があり、その娘が今の生活を壊しに来るのではと恐れている・・・この「台詞」と「実像」のギャップがものすごくリアルかつ嫌らしく、いい意味での胸糞悪さを味わえます。

 

本作の謎は、「なぜ女流作家は、無関係に見える男女三人が密室に閉じ込められる作品を書いたのか」という点です。この設定上、アリバイや凶器といった物理的トリックが登場するわけではなく、綴られるのは男女三人のどろどろした人間模様が中心。ですが、緻密に張り巡らされた伏線といい、医学博士を父に持つ著者らしい理学描写といい、ロジカルなミステリーが好きな人でも楽しめる内容だと思います。特に、女性研究者が携わるキメラ研究の描き方は、根っからの文系人間である私でさえ目が離せないものがありました・・・動物実験等、かなり生々しい記述があるので、読むのが辛いと感じるかもしれませんが(汗)

 

冒頭に一節が引用されている通り、本作はフランス人作家サルトルの戯曲『出口なし』をモチーフにしています。この『出口なし』を知っているか否かで、この物語に対するとらえ方も変わってくるでしょう。私は本作読破後、『出口なし』のあらすじだけチェックしましたが、改めて『出口なし』をきちんと読んでみたいものですね。

 

最後の繋がり方がお見事!度★★★★☆

傍から見れば全員嫌な奴じゃん度★★★★☆

 

こんな人におすすめ

心理トリックメインのイヤミスを読みたい人

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

    密室ミステリーは小説だけでなくドラマでも漫画でも散々読んで来ましたが、その度に目新しいトリックや想像もしない仕掛けに感心させられます。作家としては書きやすいテーマかも知れませんが、携帯や心理学を取り入れているところを見ると種明かしから時代の変化を感じることもあり面白いです。
    何度か目にしたことのある作家さんですが、面白そうです。
    出口なしのミステリー、限られた空間だからこそいくらでも工夫が出来る~読んでみたくなりました。

    1. ライオンまる より:

      密室ものは一通り読んできた私ですが、これは目新しいタイプの作品でした。
      お父上が有名な医学博士というだけあって、化学分野の描写もとても緻密です。
      私の中で「好きな小説家ランキングトップ5」に入る作家さんなので、機会があればぜひ読んでみてください。

コメントを残す


CAPTCHA