さ行

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「さえづちの眼」 澤村伊智

<血は水よりも濃し>ということわざがあるように、古来より、血縁関係のある家族は固い絆で結ばれていると考えられてきました。実際にはそうでもないケースも多々あるのですが、「あいつとは血が繋がっているから」という理由で過ちが許されたり、恩恵を受けたりする事例が数多く存在することもまた事実。同様の考え方が欧米やアラブ地域にも存在することからも、人類がいかに血縁を重視する生き物かが分かります。

一言で<血縁>といっても親子や兄弟姉妹等、色々な関係がありますが、中でもひときわ特別扱いされるのは<母子>ではないでしょうか。何しろ、この世で唯一、物理的に肉体を共有したことがある間柄です。当然のように多くの創作物のテーマとなり、深く濃い愛憎が描かれてきました。今回取り上げる作品も、母と子の関係が下敷きになっています。澤村伊智さん『さえづちの眼』です。

 

こんな人におすすめ

『比嘉姉妹シリーズ』が好きな人

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「近畿地方のある場所について」 背筋

<モキュメンタリー>という手法があります。これは、フィクション作品を、実際に起こったドキュメンタリー作品のように描写するやり方のこと。ドキュメンタリーとして演出している関係上、作中で明確な謎解きや真相解明がなされないことが多く、与えられた情報から読者が考察する必要があることが特徴です。

古くから存在する手法ですが、知名度を上げたのは、アメリカ発のホラー映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』でしょう。小説なら、長江俊和さんの『放送禁止シリーズ』は、モキュメンタリーの性質をうまく活かしたサスペンスでした。それからこれも、モキュメンタリーの名作として、長く語り継がれる作品だと思います。背筋さん『近畿地方のある場所について』です。

 

こんな人におすすめ

モキュメンタリー形式のホラー小説に興味がある人

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「一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集」 澤村伊智

短いながらも読者を本の世界にどっぷり浸らせてくれるショートショート、大好きです。特に社会人になってからは、学生時代ほど長く読書時間が確保できないため、長編小説だと途中で読むことを中断せざるを得ないこともしばしば・・・作品によっては、物語の途中から読書を再開すると「あれ、この人誰だっけ?」「なんでこの二人はいがみ合ってるの?」等々、内容を把握するのに時間がかかることもあります。その点、ショートショートなら一話をすぐ読み終われるので安心ですね。

そんなショートショートには、他の長編や短編作品同様、様々なジャンルがあります。どんなジャンルが好きかは人それぞれでしょうが、個人的にはミステリーやホラーが好みです。短い分量でゾクッとさせられる感覚が堪らないんですよ。思えばショートショートの神様・星新一さんの作品も、皮肉たっぷりでブラックな雰囲気のものが多いです。今日取り上げるのも、残暑を吹き飛ばすほどの寒気を味わえるショートショート集です。澤村伊智さん『一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集』です。

 

こんな人におすすめ

ホラー小説のショートショート集が読みたい人

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「ぜんしゅの跫」 澤村伊智

地球温暖化が叫ばれて久しい昨今、夏の暑さの到来もどんどん早くなっている気がします。今年で言えば、五月半ばの時点ですでに三十度を超える地方があったとのこと。これから夏本番ですし、暑さ対策をしっかり行い、元気に過ごしたいものですね。

読書好きが行える暑さ対策として一番古典的な方法は、やっぱりホラー作品を読んで背筋をゾッとさせることでしょう(ですよね?)。どんなホラーにゾッとするかは人それぞれだと思いますが、私個人としては、納涼という意味では古典的なジャパニーズホラーがぴったりな気がします。というわけで、今回取り上げるのはこちら。澤村伊智さん『ぜんしゅの跫』です。

 

こんな人におすすめ

・バラエティ豊かなホラー短編集が読みたい人

・『比嘉姉妹シリーズ』が好きな人

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「今日からは、愛のひと」 朱川湊人

ものすごく有名な割に、日本の創作物で主要キャラになることが意外と少ない存在、それが<天使>と<悪魔>だと思います。どちらも外国の宗教に由来する存在だからでしょうか。海外作品の場合、主人公のピンチを天使が救ってくれたり悪魔がラスボスだったりすることがしばしばありますが、日本ではこれらの役割を<神仏><守護霊><怨霊><妖怪>等が担うことが多い気がします。

簡単に説明しておくと、<天使>とはキリスト教やユダヤ教、イスラム教における神の使いで、<悪魔>とは神を冒涜し、敵対する超自然的存在だそうです。両者とも、比喩で使われることは多々あれど、そのものすばりがドドーンと出てくる国内作品となると、赤川次郎さんの『天使と悪魔シリーズ』か、森絵都さんの『カラフル』くらいしか知りませんでした。他には何かないかな・・・と思っていたところ、出会ったのがこの作品、朱川湊人さん『今日からは、愛のひと』です。

 

こんな人におすすめ

笑って泣けるファンタジー小説が読みたい人

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「ばくうどの悪夢」 澤村伊智

一説によると、人間の三代欲求(食欲、睡眠欲、性欲)の中で一番緊急度が高いのは<睡眠欲>だそうです。「あれ、食欲じゃないの?」と思う向きもありそうですが、なかなかどうして、睡眠を侮ることはできません。食欲の場合、<断食>が一部の宗教や健康法に取り入れられていることからも分かる通り、適切な条件下での制限なら、心身を害することはありません。対して睡眠欲の場合、満たされない場合の肉体的・精神的なダメージは計り知れないものがあります。眠らせないという拷問が存在することが、その証と言えるでしょう。

そして、心ゆくまで睡眠欲を満たすために意外と無視できないのが<夢>です。いい夢を見れば、翌朝の目覚めも心地良いもの。一方、たとえ寝ること自体はできたとしても、毎日毎日悪夢ばかり見る羽目になれば、睡眠は地獄と化すに違いありません。意識的に夢を作ることは難しいですが、できるだけ環境を整え、いい夢を見たいものですね。今回取り上げるのは、夢にまつわるホラー小説、澤村伊智さん『ばくうどの悪夢』です。

 

こんな人におすすめ

夢をテーマにしたホラー小説に興味がある人

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「帝冠の恋」 須賀しのぶ

かつて、中国の思想家・荘子は言いました。「ものは見方によってすべてが変わる」。まったくもってその通りで、同じ物事でも、どういう立場から見るか、どういう人間の口で語られるかで、解釈が変わってきます。時には白と黒が反転することさえ珍しくありません。

創作の世界において、これは特に歴史関係の分野でよく表れると思います。大河ドラマ『麒麟がくる』では、<織田信長を討った逆賊>と評価されがちな明智光秀を主役に据え、その強さや聡明さを丁寧に描きました。また、鈴木由紀子さんの『義にあらず---吉良上野介の妻』では、赤穂浪士人気の影で悪役扱いされる吉良上野介の妻目線で、忠臣蔵事件が語られます。もちろん、当事者達がとっくに亡くなっている以上、何が真実かは分からないわけですが、それでもなお「この人達は本当にこう思っていたんだろうな」と思わせるだけの説得力がありました。今回取り上げるのも、しばしば敵役として描写されがちな女性を主人公にした小説です。須賀しのぶさん『帝冠の恋』です。

 

こんな人におすすめ

19世紀ヨーロッパを舞台にした歴史ロマン小説に興味がある人

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「掬えば手には」 瀬尾まいこ

<テレパシー>という超能力があります。これは、心の中の思いが、言葉や身振り手振りを使わずに他人に伝わる能力のこと。SF作品などで敵相手に大立ち回りするような派手さはないものの、実生活では結構便利そうな能力に思えます。

テレパシーが登場する小説としては、筒井康隆さんの『七瀬三部作』と宮部みゆきさんの『龍は眠る』がぱっと思い浮かびました。どちらにも、己の能力に苦しみ、葛藤する超能力者が登場します。では、この作品ではどうでしょうか。瀬尾まいこさん『掬えば手には』です。

 

こんな人におすすめ

テレパシーが絡んだヒューマンストーリーが読みたい人

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「怪談小説という名の小説怪談」 澤村伊智

いっぱしの読書家を気取っている私ですが、最近、買う本の冊数はずいぶん減りました。読みたい本がある時は、図書館で借りるのが基本。欲しい本を片っ端から買っていくとあっという間に財布が空になってしまいますし、本の置き場所も無限にあるわけではありません。子どもの頃はあまりよく考えず小遣いをどんどん本に費やしていましたが、成人した今となってはそうもいかないのが現状です。

ですが、「それでもこの方の本は大好き!よっぽどのことがない限り買いたい!」という作家さんも存在します。一人目は西澤保彦さん。今は少し刊行ペースが緩やかになりましたが、一時期、短期間でどんどん新刊が出ていたので、ひいひい言いながらもどうにか費用を捻出したものです。それからもう一人、澤村伊智さんも、新刊を見かけるたびに買ってしまいます。この本も買いましたが、期待通り面白かったですよ。『怪談小説という名の小説怪談』です。

 

こんな人におすすめ

ジャパニーズホラー小説短編集が読みたい人

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「ある少女にまつわる殺人の告白」 佐藤青南

私は九州人ということもあり、子どもの頃から方言が身近に存在していました。成長後、地元を離れた時、標準語だと思っていた言葉が実は方言だと知って驚いたり、話し言葉から同郷出身者が分かって何となく嬉しかったりと、方言にまつわる思い出も結構あります。そう言えば、メダカは理科教育が広がるまで<メダカ>という統一名がなく、方言による呼び名が日本全国に五百個近くあると知った時は衝撃だったなぁ。

作中に方言が出てくる小説もたくさんあります。ぱっと思いつくのは、坂東眞砂子さんの『狗神』と、瀬尾まいこさんの『戸村飯店青春100連発』。前者は陰惨な土着ホラー、後者は後味爽やかな青春小説ですが、どちらも方言がうまく使われていました。小説で方言が使われると、標準語より感情が表れやすい分、暗い作風はより陰気に、明るい作風はよりユーモラスになる気がします。先日読んだ小説でも、方言がいい仕事をしていましたよ。佐藤青南さん『ある少女にまつわる殺人の告白』です。

 

こんな人におすすめ

・児童虐待をテーマにした小説に関心がある人

・インタビュー形式の小説が好きな人

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