作家名

はいくる

「ホテル・カイザリン」 近藤史恵

当たり前の話ですが、図書館で本を予約した場合、その本がいつ手元に届くか事前には分かりません。特に予約者が大勢いるような人気作となると、順番が回ってくるタイミングは予測不可能。時には、予約本が複数まとめて届いてしまい、返却日を気にしつつ大慌てで読む羽目に陥ったりします。人気作は図書館側の購入冊数も多いため、意外とさくさく順番が進むのかもしれませんね。

逆に、待てども暮らせども予約本が一冊も届かないこともままあります。なぜか「今なら大長編だろうと読む余裕あるのに!」という時に限って、どの本も全然順番が回ってこなかったりするんですよ。最近、そういう状況が続いてモチベーション下がり気味だったので、この本が届いた時は嬉しかったです。近藤史恵さん『ホテル・カイザリン』です。

 

こんな人におすすめ

イヤミス多めの短編集が読みたい人

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はいくる

「訪問者」 恩田陸

怪文書、犯行予告、警告状・・・ミステリーやサスペンスでは、しばしばこうした小道具が登場します。その内容は、ストレートに犯罪を予告するものから、謎解きをしないと意味が分からないものまで千差万別。登場人物達を怯えさせ、緊迫感を盛り上げるのにぴったりのアイテムです。

ただ、<わざわざ事前に文書を送りつけ、関係者の警戒心を高める>という性質上、リアリティ重視の社会派ミステリーなどで警告状等が登場する機会は少ない気がします。登場率が高いのは、探偵が活躍する本格・新本格ミステリーではないでしょうか。今回取り上げる作品でも、警告状が味のある使われ方をしています。恩田陸さん『訪問者』です。

 

こんな人におすすめ

クローズドサークルのミステリーが好きな人

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はいくる

「黄昏の囁き」 綾辻行人

一昔前まで「話を順番通りに追うのが面倒」という理由で、作中で時間が進んでいく形式のシリーズ作品はあまり読まなかった私ですが、一作独立型のシリーズは結構読んでいました。作中の出来事や人間関係が基本的に一作ごとに完結しているため、どの作品から読んでも大丈夫なところが気楽だったんです。私は図書館を利用することが多いため、シリーズ作品をきっちり刊行順通りに借りていくのは難しいせいもあるかもしれません。

何より、どこから読んでも置いてけぼりを食らうことなく楽しめるのが独立型シリーズ作品の魅力。そして、こういう形式のシリーズ作品の場合、読者によって一作ごとの好みがよりはっきり分かれる傾向にある気がします。例えば私の場合、赤川次郎さんの『三姉妹探偵団シリーズ』なら四作目『復讐編』が、田中芳樹さんの『薬師寺涼子の怪奇事件簿シリーズ』なら三作目『巴里・妖都変』が好きだったりします。今回ご紹介するのは、綾辻行人さん『囁きシリーズ』の三作目『黄昏の囁き』。シリーズ中、これが一番お気に入りです。

 

こんな人におすすめ

記憶をテーマにしたサスペンスホラーに興味がある人

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はいくる

「息がとまるほど」 唯川恵

有難いことに、実家には今なお私の部屋が残っています。昔、私が使っていた日用品の類も、状態の良い物はそのまま保管してくれています。実家を離れてずいぶん経つのに、まだ部屋を残してもらえるなんて、少し照れくさくも嬉しいものです。

そんな私の帰省中のお楽しみ。それは、実家の部屋に並んでいる本を読み返すことです。何度も何度も繰り返し読んだ作品ばかりで、別に目新しいわけではありませんが、読むたびにちゃんと面白いのだから不思議ですね。前回の帰省時には、この作品を再読しました。唯川恵さん『息がとまるほど』です。

 

こんな人におすすめ

背筋がゾクッとするような恋愛短編小説集に興味がある人

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はいくる

「被取締役新入社員」 安藤祐介

小説を読んでいると、しばしば「この話は映像化向きだな」と思うことがあります。動きが派手で、キャラクターの個性が強く、叙述トリック等、文章ならではの技法が使われていない小説がこう言われることが多いですね(一部例外あり)。「これは画面で見てみたい!」と思った小説が実写化された時の喜びは大きいです。

そして、小説の中には、最初から実写化ありきで執筆・刊行されたものもあります。その中の一つが、講談社とTBSが主催する<ドラマ原作大賞>。読んで字の如く、受賞作はTBSによりドラマ化されることが決まっています。今回取り上げるのは、ドラマ原作大賞第一回受賞作品、安藤祐介さん『被取締役新入社員』です。

 

こんな人におすすめ

前向きなお仕事成長小説が読みたい人

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はいくる

「翼ある蛇」 今邑彩

古来より、蛇は様々な文化の中で、<人知を超えた得体の知れない力を持つ存在>として捉えられてきました。手足のない体や、全身をくねらせて移動する動き方、脱皮を繰り返す性質などがそうさせるのでしょうか。旧約聖書の中で、禁断の果実を食べるようイブを唆すのは蛇ですし、ギリシャ神話では生命力の象徴とされ、世界保健機関のシンボルマークにもなっています。

蛇が重要なキーワードとして登場する作品はたくさんありますが、やはり<ミステリアスで不可思議な力の象徴>として描写されることが多い気がします。川上弘美さんの『蛇を踏む』や三浦しをんさんの『白いへび眠る島』などがいい例でしょう。今日は、蛇がとても印象的な使われ方をしている作品を取り上げたいと思います。今邑彩さん『翼ある蛇』です。

 

こんな人におすすめ

・猟奇殺人が出てくるサスペンスが好きな人

・『蛇神シリーズ』のファン

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はいくる

「一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集」 澤村伊智

短いながらも読者を本の世界にどっぷり浸らせてくれるショートショート、大好きです。特に社会人になってからは、学生時代ほど長く読書時間が確保できないため、長編小説だと途中で読むことを中断せざるを得ないこともしばしば・・・作品によっては、物語の途中から読書を再開すると「あれ、この人誰だっけ?」「なんでこの二人はいがみ合ってるの?」等々、内容を把握するのに時間がかかることもあります。その点、ショートショートなら一話をすぐ読み終われるので安心ですね。

そんなショートショートには、他の長編や短編作品同様、様々なジャンルがあります。どんなジャンルが好きかは人それぞれでしょうが、個人的にはミステリーやホラーが好みです。短い分量でゾクッとさせられる感覚が堪らないんですよ。思えばショートショートの神様・星新一さんの作品も、皮肉たっぷりでブラックな雰囲気のものが多いです。今日取り上げるのも、残暑を吹き飛ばすほどの寒気を味わえるショートショート集です。澤村伊智さん『一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集』です。

 

こんな人におすすめ

ホラー小説のショートショート集が読みたい人

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はいくる

「業火の地 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎」 櫛木理宇

古来より、放火は非常に重い罪として扱われてきました。理由は色々ありますが、その最たるものは、社会及び被害者に与える被害が甚大だからでしょう。マッチ一本の火が、最悪、町一つを焼き尽くしてしまうことだってあり得ます。日本の場合、一昔前は木造建築が主流であり、火災の影響を受けやすかったことも関係していると思います。

そうなると当然、放火をテーマにした小説は、のんびりユーモラスなものにはなり得ません。この記事が投稿された時期を考えると、二〇二三年七月にドラマ化された池井戸潤さんの『ハヤブサ消防団』を思い浮かべる人が多いかな。<放火>から<火災>まで範囲を広げると、若竹七海さんの『火天風神』も迫力たっぷりのパニックサスペンス小説でした。今回ご紹介する作品にも、火にまつわる悲惨な事件が出てきます。櫛木理宇さん『業火の地 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎』です。

 

こんな人におすすめ

放火事件を扱ったサスペンスに興味がある人

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はいくる

「灰色の家」 深木章子

厚生労働省の調査によると、一番自殺が多い年代は六十代、次に五十代、四十代と続くそうです。百歳超えが珍しくない現代において、これくらいの年代はまだまだ働き盛り。公私共にエネルギッシュな年頃と言っても過言ではありません。とはいえ、二十代、三十代と比べれば、体力気力が衰えてくる世代であることもまた事実。だからこそ、苦境に立たされた時、「こんな苦しいことがまだ何十年も続くのか」と弱気になり、自殺に走ってしまうのかもしれませんね。

一方、七十代、八十代になると、自殺者の数は減少します。これには様々な要因があるのでしょうが、その一つは、自殺しなくても、段々と死が迫ってくる世代だからだと思います。足腰や五感が徐々に弱ってくる人もいれば、本人は健康でも、近親者や友人知人の死が相次ぐ人だっているでしょう。生きる辛さが長く続くと思うからこそ自殺を選ぶのであって、もう自然死が間近に見えているならわざわざ死ななくても・・・と思う人は、少なくないのではないでしょうか。では、そういう状況で自殺を選ぶ高齢者がいたとしたら?それも、一人ではなく、狭いエリア内で何人も自殺者が続いたとしたら?そこには何が秘められているのでしょう。今回は、高齢者の自殺を巡るミステリーを取り上げたいと思います。深木章子さん『灰色の家』です。

 

こんな人におすすめ

老人介護問題と絡めたミステリーに興味がある人

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はいくる

「フォトミステリー」 道尾秀介

昔読んだ小説の中で、こんなエピソードが紹介されていました。『チャレンジャー号爆発事故の発生後、阿鼻叫喚に陥る観客達を写した写真が話題となった。ところが後日、その写真は事故発生後ではなく、打ち上げ直後に撮られたものだと判明した。当初、恐怖と混乱の真っ只中と思われていた観客達の表情は、実は期待と興奮に沸いていたのだ』。その後同様のエピソードを見聞きしたことはないため、もしかしたら単なる噂なのかもしれませんが、十分あり得る話だと思います。物の見え方というものは、受け取る側の価値観や状況によって簡単に変化するものです。

絵よりもずっと正確に、被写体を写すことができる写真。そんな写真でさえ、解釈の違いというものは存在します。たった一枚の写真からだって、百人の人間がいれば百通りの物語を作り出すことも不可能ではないでしょう。今回取り上げるのは、写真にまつわるバラエティ豊かなショートショート集、道尾秀介さん『フォトミステリー』です。

 

こんな人におすすめ

ブラックな作風のショートショートが好きな人

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